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教育出版(株) (キヨウイクシユツパン)

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きよういくしゆつぱん
キヨウイクシユツパン
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      最後の一句

      森鴎外2003/07

      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      • この本には今回読み終わった森鴎外の「最後の一句」の他に、「寒山拾得」「山椒大夫」「高瀬舟」「阿部一族」の五つの歴史小説の名作が収められています。

        この今回読了した「最後の一句」は、大正4年10月の雑誌「中央公論」に発表された歴史小説で、鷗外が長い間、軍医という官吏の生活で感じた社会の様々な矛盾や、自己の中に潜む封建的なものを見直し、正したいという鷗外のモチーフがあったのではないかと思われます。

        元文三年十一月、大阪の船乗り業の桂屋太郎兵衛は、米代金横領のかどで斬罪に処せられる事になりました。太郎兵衛の長女で十六歳のいちは、兄弟とともに父の身代わりになろうと奉行所に願書を出します----。

        この小説の中で最も印象的で重要な箇所でもある、彼らの申し出がやっと聞き入れられ取り調べを受けるラストのクライマックスの場面の描写は、その会話文の運びの面白さ、つまり、取り調べる者の権威をかさに着た言い方と、取り調べられる者の丁重ではあるが決して卑屈にならない言い方が、火花を散らすようにぶつかり合って、「お上のことにまちがいはございますまいから」という"最後の一句"へと盛り上がっていくという描写は、実に読み応えがありました。

        『取り調べ役は、「まつ。」と呼びかけた。しかし、まつは呼ばれたのに気がつかなかった。いちが、「お呼びになったのだよ。」と言ったとき、まつははじめて恐る恐るうなだれていた頭を上げて、縁側の上の役人を見た。「おまえは姉といっしょに死にたいのだな。」と取り調べ役は問うた。まつは、「はい。」と言ってうなずいた。次に取り調べ役は、「長太郎。」と呼びかけた。長太郎はすぐに、「はい。」と言った。「おまえは書きつけに書いてあるとおりに、兄弟いっしょに死にたいのじゃな。」「みんな死にますのに、わたしがひとり生きていたくはありません。」と、長太郎ははっきり答えた。「とく。」と取り調べ役が呼んだ。とくは姉や兄が順序に呼ばれたので、今度は自分が呼ばれたのだと気がついた。そして、ただ目をみはって役人の顔を仰ぎ見た。「おまえも死んでもよいのか。」とくは黙って顔を見ているうちに、くちびるに血色がなくなって、目に涙がいっぱいたまってきた。「初五郎。」と取り調べ役が呼んだ。ようよう六歳になる末子の初五郎は、これも黙って役人の顔を見たが、「おまえはどうじゃ、死ぬるのか。」と問われて、活発にかぶりを振った。書院の人々は覚えず、それを見てほほえんだ。このとき佐佐が書院の敷居ぎわまで進み出て、「いち。」と呼んだ。「はい。」「おまえの申し立てにはうそはあるまいな。もし少しでも申したことにまちがいがあって、人に教えられたり、相談をしたりしたのなら、今すぐに申せ。隠して申さぬと、そこに並べてある道具で、誠のことを申すまで責めさせるぞ。」佐佐は責め道具のある方角を指さした。いちはさされた方角を一目見て、少しもたゆたわずに、「いえ、申したことにまちがいはございません。」と言い放った。その目は冷ややかで、そのことばは静かであった。「そんならいま一つおまえに聞くが、身代わりをお聞き届けになると、おまえたちはすぐに殺されるぞよ。父の顔を見ることはできぬが、それでもよいか。」「よろしゅうございます。」と、同じような、冷ややかな調子で答えたが、少し間を置いて、何か心に浮かんだらしく、「お上のことにまちがいはございますまいから。」と言い足した。佐佐の顔には、不意打ちにあったような、驚愕の色が見えたが、それはすぐに消えて、険しくなった目が、いちの面に注がれた。憎悪を帯びた驚異の眼とでも言おうか。しかし、佐佐は何も言わなかった。次いで佐佐は何やら取り調べ役にささやいたが、まもなく取り調べ役が町年寄に、「御用が済んだから、引き取れ。」と言い渡した。白州を下がる子供らを見送って、佐佐は太田と稲垣とに向いて、「おい先の恐ろしいものでござりますな。」と言った。心の中には、哀れな孝行娘の影も残らず、人に教唆せられた、愚かな子供の影も残らず、ただ氷のように冷ややかに、やいばのように鋭い、いちの最後のことばの最後の一句が反響しているのである。元文ごろの徳川家の役人は、もとより「マルチリウム」という洋語も知らず、また当時の辞書には献身という訳語もなかったので、人間の精神に、老若男女の別なく、罪人太郎兵衛の娘に表われたような作用があることを、知らなかったのは無理もない。しかし、献身の中に潜む反抗のほこ先は、いちとことばを交えた佐佐のみではなく、書院にいた役人一同の胸をも刺した。』

        とにかく、このように、このクライマックスの場面は、まるで舞台劇を見ているかのように、鷗外独特の簡潔で美しく均整のとれた文章で綴られているのです。

        この場面は、大きく言えば、一つには取り調べる者と取り調べられる者との対比で構成されていて、その両者の関係が、会話の文章によって、より緊張感を漲らせていると思うのです。

        しかも取り調べが二女のまつ、養子の長太郎、三女のとく、長男で一番幼い初五郎と来て、最後に長女のいちというように展開していき、否がうえにも、緊張感が盛り上がっていきます。

        更に細かく読み込むと、取り調べに対するこの兄弟5人の個々の反応が、その年齢、立場によって、実にそれらしく考えられて描写されているのです。

        二女まつは14歳、姉の企てを最初から知っています。恐る恐る頭を上げながらも「はい」と応えるのは当然です。長太郎は12歳、太郎兵衛が、跡を継がせるつもりで、女房の里方から赤子の時に引き取った長太郎は、実子でないという事で、いちが身代わりからはずそうとしたのを、後から自分も加わりたいと願い出て、「みんな死にますのに、わたしがひとり生きていたくはありません」と父への身代わりというより、強い兄弟意識からの答えをします。

        三女とくは8歳なので、ただ役人がこわかったと思われます。そして六歳の初五郎は、無邪気にかぶりを振ったのです。この箇所は、取り調べのアクセントをなす実にうまい描写だと感心します。その無邪気さに「書院の人々は覚えず、それを見てほほえんだ。」と表現されています。つまり、この箇所があるために、次のいちの語る言葉がより一層引き立つのだと思います。

        いちの冷ややかで静かな言葉は、そして最後の一句の不意打ちがピリリと生きてくるのです。

        このあまりにも劇的な構成と、会話の絶妙な運びが、「お上のことにまちがいはございますまいから。」という一句に無限の重みが出てくるのだと思います。

        これらのことから、この小説のテーマが、「お上のことにまちがいはございますまいから。」という、いちの最後の一句に込められた、"お上に対する痛烈な批判"であるということが、透かし絵のように浮かび上がってきます。

        お上という絶大な権力の前では無力な庶民が、命を犠牲にして言い放った"真実の言葉"なのだろうと強く思うのです。

        このことが、たんに奉行の佐佐たちだけではなく、その"献身の中に潜む反抗"ということにたじろぎ、胸を打たれてしまいます。

        この「最後の一句」という小説は、献身の美しさだけではなく、そこに潜む反抗と、その反抗に向けられた先を暴いたのです。献身というものは、封建制度下においては美徳です。だが、鷗外はその一面だけではなく、当然、それに付随する他の面も描かずにおけなかったのだと思います。
        >> 続きを読む

        2016/11/03 by dreamer

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      オ-ロラの向こうに

      松本 紀生 (2007/11

      カテゴリー:北アメリカ
      4.0
      いいね!
      • オーロラ。
        なんて、夢と想像が広がる言葉なんだろう。
        言霊が宿る、貴重な言葉かもしれない。

        もちろん、オーロラに限らないが、写真で、どこまで伝わるのか?という点を除いても、惹きつけられるものがある。

        同じものは二つとしてなく、かつ、いつ、どで・・・という保証もない。
        自分が暮らす地元富山であれば、蜃気楼もそんな部分がある。

        極限の地での撮影活動も凄い。
        命の意義を感じざるを得ない。
        >> 続きを読む

        2015/09/04 by けんとまん

      • コメント 1件
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