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(株)白水社 (ハクスイシヤ)

企業情報
企業名:白水社
はくすいしや
ハクスイシヤ
コード:560
URL: (株)白水社 http://www.hakusuisha.co.jp
      ライ麦畑でつかまえて

      J・D・サリンジャー , 野崎孝1984/04

      カテゴリー:小説、物語
      3.6
      いいね! harujack Minnie
      • 再読。
        僕にとって本作は聖典とも言えるべき作品である。
        主人公のホールデン・コールフィールドが、最初のスペンサー先生とのシーンで先生の胸板を洗濯板みたいと形容するのを皮切りに、周囲の人間を心の中だけとはいえ無差別に撫で斬りにし狂犬のように噛み付くスタイルは、明らかに僕の人格形成に多大な影響を与えている。
        こんなのはただの厨二病ではないか、みんな思春期には程度の大小はあれこの程度のことは思っていたはず、と批判する人もいるかもしれないが、サリンジャの凄さはこの思春期の子供が陥りがちな思考を正確に言語化したことにあり、その量および質は、やはり他の厨二病小説を全く寄せ付けていないと思われる。
        ストラドレーターやルースといった、いちいち他人に対してマウントを取らないと気が済まない面倒くさいキャラとのやりとりも必読である。
        ホールデン・ヴィタミン・コールフィールドのネーミングは少し滑っていたかもしれない。
        ほとんどの他人に対して手厳しいコールフィールドも妹のフィービーに対してだけは優しく、むずかるフィービーをあやすコールフィールドの関係性は、「フラニーとゾーイー」のそれを彷彿とさせた。
        サリンジャは52歳で当時18歳のジョイス・メイナードと短期間同棲、1990年頃からは約50歳年下の看護婦と結婚生活を送るという、大変うらやましい人生を送っているが、彼女らはサリンジャの未発表小説を自分一人だけ読めるという栄誉にあずかっていたと邪推している。
        全世界で6,000万部以上本作を売り上げたサリンジャにとって、もはや一般人に対して小説を発表する動機はなかったであろうから。
        >> 続きを読む

        2020/07/01 by tygkun

    • 他9人がレビュー登録、 45人が本棚登録しています
      キャッチャー・イン・ザ・ライ

      J・D・サリンジャー , 村上春樹2006/04

      カテゴリー:小説、物語
      4.3
      いいね! Tukiwami
      • ホールデンの持つ思春期特有の純粋すぎる価値観が、自分の黒歴史を見ているようで、ときどき手で顔を覆いたくなった。
        しかし、恥ずかしさを抱いてしまうということは、あの頃に忌み嫌っていた「大人」になってしまったということであり、読了後には「もう戻ることが出来ない時代」に対する様々な感情が沸き起こった。
        村上春樹の独特な言い回しに賛否両論あるけれど、むしろ春樹節全開の胡散臭い表現だからこそ、ホールデンの不安定な精神がよく表せているのではないかと思う。
        >> 続きを読む

        2019/09/21 by ちまき

    • 他6人がレビュー登録、 32人が本棚登録しています
      やんごとなき読者

      市川恵里 , BennettAlan2009/03

      カテゴリー:小説、物語
      3.3
      いいね!
      •   原題は'An Uncommon Reader'
        英国女王陛下、エリザベス2世が、80歳にして読書に夢中になったら?
        宮殿に来ていた移動図書館をたまたま知り、そこから読書の楽しみを知ってしまった女王様。

          読書に夢中になるあまり、公務をおざなりにしていく、服装に気をつかわなくなる、会話が一方的。
        読書のいい面ばかりではなく、排他的になってしまう面もちらりとのぞかせています。

         インドア的な趣味、読書などは映画は、結局1人で楽しむものなので、どうしもひとりにして、となってしまうのは自分がそうだからよくわかります。
        ただ、それが女王になるとそれは困る・・・という発想がいいですね。

         王室を知的ながらもコメディにしてしまうというのは、上流階級をからかうP・G・ウッドハウスなど歴史があります。階級差がはっきりしているからこそ、ハイソサエティを痛烈に風刺する文学がイギリスでは発達したと思います。

         ですから、日本は人種にしろ、社会的階級にしろイギリスほど、厳格かつ歴史がないので、わかりにくい部分が出てきます。

         しかし、本を読む歓びに素直に夢中になる女王様と英国文学の歴史の深さがうらやましい。ハリー・ポッターなどファンタジーはお嫌いなんですね、クィーンは。
        >> 続きを読む

        2018/06/01 by 夕暮れ

    • 他2人がレビュー登録、 4人が本棚登録しています
      カモメに飛ぶことを教えた猫

      SepulvedaLuis , 河野万里子1998/05

      カテゴリー:小説、物語
      4.3
      いいね!
      • 猫がカモメとの約束を守ろうと奔走する。
        仲間の力を借りて。
        猫のゾルバがとてもカッコイイ。
        こんな友だち、ほしいな。
        こんな友だちに自分はなれるだろうか。

        信用できる人間を猫たちが選ぶところ、
        考えさせられた。
        猫たちの選択は間違いがなく、
        それによって作戦は成功する。

        猫たちから選ばれるような、人でありたい。
        >> 続きを読む

        2018/12/15 by momo_love

    • 他1人がレビュー登録、 3人が本棚登録しています
      切り裂き魔ゴーレム

      池田栄一 , AckroydPeter2001/09

      カテゴリー:小説、物語
      5.0
      いいね!
      • 【既に絶版。ほとんど知られていない作品かもしれないけれど】
         物語の冒頭は、エリザベス・クリーの絞首刑の場面です。
         エリザベスは、夫のジョンを砒素により毒殺した罪により、ニューゲイト監獄で死刑を執行されるところでした。
         エリザベスは、死刑執行人によってかけられた目隠しをふりほどき、「またもや、まかり出ました!」と叫んで死んでいきました。

         本書は、ビクトリア朝後期のロンドンを舞台にした連続殺人事件を軸として、当時の風俗や人物を織り込んだ、すこぶるペダンティックな作品です。
         ロンドンの深い霧の中で、娼婦をはじめとして様々な人々が惨殺される連続殺人事件が発生しました。
         被害者の死体は鋭利な刃物で切り刻まれ、内臓は引きずり出されるという陰惨な状態です。
         こう書くと、当然『切り裂きジャック』を連想しますが、作中の年代設定はそれよりも約70数年前の出来事とされています。

         捜査は遅々として進まず、また、ある被害者の切り取られた陰茎が開かれた書物の上に置かれ、その位置にちょうど『ゴーレム』という文字があったことから、新聞はこぞって『殺人鬼ゴーレム』と書き立てたのです。

         ゴーレム……。
         それは、ユダヤのラビ(律法学者)が操る人造人間。
         土塊から作られ、額にemeth(真実)という文字を書き付けて命を吹き込まれます。
         そして、土塊に返す時には、その額の最初の文字のeを消せばmeth(死)になり、ゴーレムの命は消える……
         これは作中には書かれていませんが、元来ゴーレムとはそういうもの。
         様々な作品で扱われていますよね。
         幻想文学好きな方には必須の知識。
         そういうことを知って読む方が、数倍その作品の、作者の意図が鮮明になります。

         作中では、ある人物がゴーレムとして殺人を繰り返す様子が描かれますが、ゴーレムは、被害者の前に「またもや、まかり出ました!」と言って姿を現し、惨殺するのでした。

         死刑に処せられたエリザベスとはどういう女性だったのでしょうか?
         狂信的な母親に虐げられ、その母親とも死別した彼女は、憧れていたミュージック・ホールの下働きをするようになります。
         そして、段々女優としての頭角を現し、遂にはミュージック・ホールの花形女優に上り詰めたのでした。
         そして、当時時新聞記者で、将来は作家を志望していたジョンと知り合い、結婚します。
         ジョンは、莫大な遺産を相続したこともあり、新聞記者を辞めて執筆に専念するのですが、なかなか作品を仕上げられないでいました。

         エリザベスも、女優の仕事を辞め、そんなジョンを支えて何とか作品を完成させてあげようと努力していました。
         というのも、ジョンが執筆中の作品は、『ミザリー・ジャンクション』というタイトルの、まさにミュージック・ホールの芸人達を描いた作品であり、エリザベスはこの作品が完成した暁にはそれを舞台にかけ、自分が主役を演ずることを夢見ていたからでした。

         しかし、ジョンは砒素中毒により急死してしまいます。
         エリザベスは、ジョンに砒素を盛ったとして裁判にかけられますが、最後まで犯行を否認します。
         終油の秘蹟すら拒否します。
         「私は夫を殺してなんていません。ですがもし私がジョンを殺した理由が、ゴーレムを消したかったからだとしたらどう思われるのですか?」
         でも、結局、有罪判決を受け、死刑に処せられてしまうのですね。
         「またもや、まかり出ました!」と叫びながら。

         この作品は、当時のロンドンの貧民街であるイースト・エンドの風俗や、労働者を対象にして絶大な人気を誇ったミュージック・ホールの猥雑な様子、実在の人物である、カール・マルクスやコンピュータの生みの親チャールズ・バベッッジ、実在の俳優でチャップリンにも激賞されたというダン・リーノらを織り込みながら展開していきます。

         要所要所で出てくる「またもや、まかり出ました!」(この作品では何とおどろに響く言葉でしょう!)という台詞は、『道化の王様』と呼ばれ、作中でも少しだけ触れられる実在の俳優、ジョゼフ・グリマルディが舞台に登場する時の名台詞なのだそうです。
         このような、重層的な、独特の雰囲気だけでも大変面白い作品と言えます。

         そして、何よりも、本作はかなり凝った造りになっています。
         著者は、作中で、明確にゴーレムの正体を書いており、その犯行現場も描写しているのですが、果たしてそうなのか?という疑問がふつふつと湧いてきてしまうのです。
         作者を信用できなくなるのです。
         ゴーレムは、実は○○なのではないのか?
         エリザベスは、否認しているけれどやっぱりジョンを殺害している。でもその理由は……だからなのではないのか?
         読了後も、様々な疑念が渦巻いてしまうような作品でした。
         既に絶版ですし、あまり知られていない作品かもしれませんが(efは、読書ツナガリでこの作品を見つけました)大変、密度の濃い、みっちりとした作品ですよ。
         再読、必至だなぁ。
        >> 続きを読む

        2019/07/26 by ef177

    • 他1人がレビュー登録、 3人が本棚登録しています
      シェイクスピア全集

      ウィリアム・シェイクスピア (1983/01

      カテゴリー:戯曲
      3.5
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      • 【あらすじ】
        リア王は煩わしい政から解放されるために退位し、三人の娘に領土を譲渡することを決める。リアは自分への愛がもっとも深いものにもっとも深い情愛を示すといい娘達を試す。長女のゴネリルと次女のリーガンは言葉巧みにリアの機嫌を取り土地を譲り受ける。一方、正直者なコーディリアは姉たちのようにごますりをしなかったことで、リアの不興を買ってしまい領土を貰えないばかりか、求婚者のフランス王の元へと実質国外追放の扱いを受けることとなる。

        リアはゴネリルの屋敷で悠々自適に過ごす。ゴネリルは不法で乱暴者なリアの部下たちと退位してなお王として振る舞おうとするリアに業を煮やして、リアの部下の半数を解雇する。これに対してリアは激昂してリーガンの元へと去っていく。期待に反してリーガンにも軽んじた扱いをされてしまい、リアは怒り屋敷を出ていく。リアは嵐の中、領土を渡した瞬間に手のひらを返す娘達に絶望する。

        グロスター伯爵には嫡男のエドガーと私生児のエドマンドという二人の息子がいた。エドマンドは相続権欲しさに計略をめぐらし、兄のエドガーが財産目当てに父親殺しを企んでいるとグロスター伯爵に信じ込ませる。グロスター伯爵は息子の裏切りに心を痛め、エドガーは追われる身となる。


        【感想】
        4大悲劇として有名な本作ですが、僕にとってはほとんど喜劇でした。というのも苦境に陥ったリアとグロスターは子に裏切られたことによって世の無常さを呪うのですが,完全に自業自得なんですね。特にリアは権力しか取り柄のない人間が自ら権力を手放したのだから、彼に起こった出来事は全て必然であり身から出た錆といえるでしょう。そのことはp35のエドマンドのセリフに示されているように思います。「人間ってやつ、ばかばかしさもこうなると天下一品だな、運が悪くなると、たいていはおのれが招いたわざわいだというのに、それを太陽や月や星のせいにしやがる」

        そして、リアの側にいる道化がナンセンスなセリフを混じえながらもリアが苦境に陥った原因を突くところが面白いです。阿呆なはずの道化が本質を見抜く一方で、大仰なセリフで天を呪うリアのほうが道化となっているように感じました。

        「ええい、必要を論ずるな。
        どんな卑しい乞食でも、その貧しさのなかになにかよけいなものをもっておる。
        自然の必要とするものしか許されぬとすれば、人間の生活は畜生同然となろう。」(p106)

        「人間、生まれてくるとき泣くのはな、この阿呆どもの舞台に引き出されたのが悲しいからだ」(p186)

        リアのセリフはいいセリフもあるんですが、この人が口にすると滑稽で笑えるようになってしまいます。とはいっても、うまくいかないことがあると何かのせいにしたくなるというのが人の心なのかもしれません。

        本作にドラマとしての魅力を加えているのはグロスター伯爵家のパートでしょう。エドマンドは未亡人となったリーガンとゴネリルの間を飛び回りさらに権力を手中に収めるために暗躍します。

        一方、おたずね者となったエドガーはキチガイ乞食のふりをして追っ手の目を逃れます。エドガーは逆境に立たされても絶望せずこう言います。
        「人間、運に見放されてどん底の境遇まで落ちれば、
        あとは浮かび上がる希望のみあって不安はない。
        悲しい運命の変化は最高の絶頂からはじまる、
        最低のどん底からは笑いにいたる道しかない」(p151)

        その直後にエドマンドの暗躍によって盲となったグロスターを目撃することでさらなるどん底に突き落とされるのですが、彼は迷わず父に手を差し伸べます。
        そして、自らの汚名を晴らしエドマンドの前に表れ、決闘を申し込むという熱い展開になるのです。
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        2016/11/05 by けやきー

      • コメント 4件
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      鍵のかかった部屋

      AusterPaul , 柴田元幸1993/10

      4.8
      いいね!
      • 「突然の音楽」に続いて読んだが、これは初期の三部作の中の一冊で、発行順にいけば「ガラスの街」「幽霊たち」「鍵のかかった部屋」となるようだ。

        順不同でも十分読み応えがあった。彼の作品は自分にあっているようで、抵抗無く世界の中に入っていける。
        簡単に言えば今時の言葉で、自分探しの話になるだろうが、彼の思索は心の深い部分に下りていく。物語で変化するシーンを語る言葉の部分が特に興味深い。

        作品ごとに舞台は変わっても、自分の中の自己(他者)というテーマが繰り返されて、そこには生きていく中にあるひとつのあり方を見つめ続けている。


        その自己という言葉で一方の自分というもののどちらかを他者にした、今ある時間。
        人生という長い時のなかの今という時間の中にあるのは、自己と他者を自覚したものが持つ深い孤独感と、それに気づいた戸惑いと、自分の中で自己というものの神秘な働きが、より孤独感を深めていくことについて、主人公とともに、時には混沌の中で疲れ、時には楽天的な時間の中で現在を放棄し、様々に生きる形を変えて語られている。

        この時期のポール・オースターの、他者と共有できる部分を持つ自己と、他者の介入を許さない孤立した自己意識の間で揺れ動く「僕」と「親友だった彼」のよく似た感性と全く違った行動力に、それぞれの生き方を見つめていく、そんな作風に共感を覚える。


        ぼくと彼ファンショーは隣同士で前庭の芝生に垣根が無く、親たちも親しいと言う環境でオムツの頃から一緒に離れずに育ってきた。だがそういったことが成長した今、遠い過去になり、お互いにニューヨークに住んでいたが連絡もしなくて疎遠になっていた。

        突然、彼の妻から、ファンショーが失踪したと知らせが来る。
        7年前だった。
        訪ねていくと魅力的な妻は赤ん坊を抱いて、ファンショーがふっと消えた話をする。待ったがもう帰ってこないことを覚悟したとき、親友だったと言っていた僕を想い出して連絡をしてきた。

        僕にとって、会わなくなったときは彼が死んだも同じだったが、今、生死が定かでない形で僕の前に再登場したのだ。
        子供の頃から書いていた詩や評論や三作の小説を残して。
        そして一応遺稿と呼ぶこれらの処理を任された。その後すぐ、突然来た彼からの便りで、「書くという病から回復した、原稿の処理や金は任せる、探すな見つけると殺す」という覚悟が知らされた。彼は失踪という形で出て行って、もう帰る意志はないことが分かった。

        原稿を整理して見ると確かに才能があり、ツテで編集出版する。好評で本が売れ、生活が豊かになった。
        カツカツの記者生活にも余裕が出来、彼の妻とは愛情が湧いて結婚した。自分の子供も生まれた。

        しかし、彼の原稿を読みそれに没頭して過ごすうちに、彼と自分の境があいまいになることがあった。彼の世界は常に自分の背後にあって、同じ物書き(僕は記者だったが)であり、彼の才能は彼の失踪後に花開いたが彼はその恩恵を一切うけず関係を絶ってしまった。
        僕は、いつしか彼と自分のの境界が薄く透明になっていくことに気づいた。

        ---
        考えるという言葉はそもそも、考えていることを自分が意識している場合にのみ用いられる。僕はどうだろう。たしかにファンショーは僕の頭から一時も離れなかった。何ヶ月もの間、昼も夜も、彼は僕の中にいた。でもそのことは僕にはわからなかった。とすれば自分が考えていることを意識していなかったわけだから、これは「考えていた」とは言えないのではあるまいか?むしろ僕は憑かれていた、と言うべきかもしれない。悪霊のごときなにものかに僕は取りつかれ憑かれていたのだ。だが表面的にはそんな徴候は何一つなかった
        ---

        僕は自分と言うものを考えてみる。そして死んだと決まっていいないファンショーの手がかりを探して歩く。
        ファンショーを探すことは彼から自分を解放するだろう。


        作品は、多分にミステリだ。私は様々にファンショーの行き先(生き先)を推理しながら読んだ。僕の作り出した分身ではないだろうか。ファンショーはもう自分を見失った神経病患者ではないだろうか。

        僕はついに家族を捨てファンショーに取り込まれてしまうのではないだろうか。

        しかし作者はそんなやすやすと手の内を見せてくれなかった。

        最後まで面白く好奇心も十分満足した作品だった。
        >> 続きを読む

        2016/06/18 by 空耳よ

      • コメント 4件
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      失踪者

      池内紀 , フランツ・カフカ2006/04

      カテゴリー:小説、物語
      2.5
      いいね! Tukiwami
      • 正直言ってヘンな小説。カフカであるということを前提に読むべきで、最初の一冊としてこの小説を手に取るのはおやめになった方がいいかもしれません。

        『審判』や『城』と同様『失踪者』も未完の作品
        友人のマックス・ブロートによって『アメリカ』というタイトルで出版されたのはカフカの死後
        カフカ本人はこの遺稿が出版されることを希望してはいなかったという。

        確かに、冒頭部分は強烈なインパクトがあって心に残りやすい。
        事実カフカ本人も書き出しは気に入っていて、第一章「火夫」だけを独立した短篇として出版もしています。

        『女中に誘惑され、その女中に子供ができてしまった。そこで十七歳のカール・ロスマンは貧しい両親の手でアメリカへやられた。速度を落としてニューヨーク港に入っていく船の甲板に立ち、おりから急に輝きはじめた陽光をあびながら、彼はじっと自由の女神像を見つめていた。剣をもった女神が、やおら腕を胸もとにかざしたような気がした。像のまわりに爽やかな風が吹いていた。
         「ずいぶん大きいんだな」
         誰にいうともなくつぶやいた。』

        カフカお得意の迷宮やお役人や無意味で不合理な言動に翻弄される主人公などといったテイストはこの小説でも確認できます。
        でも、カフカ独特な酩酊感がない。
        舞台を見知らぬ大陸の「アメリカ」に選んだのは、狭いヨーロッパ社会に比べて簡単に失踪しやすいからだと思うけれど、
        カフカに関して、アメリカとは肌があっていない気がします。
        広大な土地を持つアメリカのロードムービーをいくつか観ていればわかると思いますが、リアリズムと幻想とがともに効果的なのは、アメリカの空気を醸せるかどうかによるのですよね。
        どう転んでもカフカはヨーロッパテイストなんですね。
        しかも「失踪者」はほぼ私小説ときた。
        女中を孕ませてアメリカに追放されたというエピソードもカフカのいとこに実話に基づくそうですし、カフカ自身も「失踪者」はまさに「自分自身である」と述べているようです。
        なので、他の作品よりも「読みやすい」という意見もちらほら見られます。
        そりゃあ日本人は私小説が大好きだからだろうさ。

        この小説は主人公カール青年が流され流され、どこへも行かない小説。
        本当にカールって、お人よしなのか自主性がないのか素直なのか要領が悪すぎなのか、読んでいてじれったくなることこの上なしです。
        そもそもの妊娠事件も、彼曰く、女中による逆レイプだったというから、何なのよ?という感じ。

        「城」も「審判」もどこにも「行けない」小説ですが、行かないのと行けないのは全然違う。

        天涯孤独なアメリカの土地でカールは全く「自由」ではない
        船を降りる前にトランクも傘も失い、と思ったら船を降りる前に議員である叔父の保護を受けられる身の上になり、
        そこで安寧で贅沢な暮らしができるのかと思いきや、叔父のご機嫌次第で絶縁され、安宿で一夜を共にした放浪者2人組にはカモにされ、ホテルのエレベーターボーイになれたと思ったら、その二人組の妨害行為で首になり、歌手だという女のアパートに監禁状態で半奴隷生活に陥る。
        最後はサーカスを思わせる「オクラホマ劇場」で「技術者」になるべく雇い入れられ…
        のような展開が、奇妙にねじくれた人々によって彩られ延々と続いていくのでした。
        「おかしい」と思っても抜け出せない人を描くのが上手いカフカですが、
        カール君は「おかしい」とも思っていない。出て行こうとする時も、特に何かを求めて飛び出したい訳ではない。
        ただ腹が立つから、ここにいるのは嫌だから、この人と一緒にいない方がよいと思ったから。

        人生において流されていると感じている人は、こんな小説を読んで、共感するのだろうか?それともつまらないと思うのだろうか?
        私は間違いなく「流されている系」だけれど、カールに共感はできませんでした。
        親身になってくれる人を大切にできないという事も問題。
        自分を護れない人は他人も護れないのではないでしょうか?

        人はいつか、何かのきっかけで腹をくくる場面があるものではないでしょうか?
        たとえそれが「失踪」する決意であっても。です。


        あまりに広いアメリカ大陸
        そこで名もなき失踪者になるのは簡単すぎるから。
        >> 続きを読む

        2019/08/17 by 月うさぎ

    • 他1人がレビュー登録、 3人が本棚登録しています
      パウル・ツェラン詩文集

      飯吉光夫 , CelanPaul2012/02

      カテゴリー:作品集
      4.5
      いいね!
      • 石原吉郎さんの詩を初めて読んだとき(全詩集でなく、どこかに発表されていた詩や代表作)シベリアに強制収容されていてその上強制労働につかされ帰還した方だと知った。
        並んでドイツの詩人、パウル・ツェランが語られることがあるということだったが、そういうことをいつどうして知ったかも覚えがなかった。

        別な本を読もうとして、そこにパウル・ツェランの詩の一節が引用されていた。それで読む前の参考にとこの本を読んでみた。
        全詩集ではなく代表作を集めたものだった。、特に、その特徴は、思いがけない災厄に出合ったこの詩人の作品のなかから、東日本大震災で被害にあった方たちの心に響く作品が選ばれたということ。
        ツェランがユダヤ人で、ナチスに両親が殺され、自分も強制労働につかされた、悲惨な過去が詩の底にあること、そういったものを集めてこの詩文集が編まれている。

        参考までにドイツの詩人はと、調べてみるとハイネが出てきた。「ローレライ」の歌詞を書いた人である。

        パウル・ツェランの詩は日本の戦後詩に当たる時期に書かれたといえる。サルトルだったか、詩人の言葉で「水車」といっても、それは現実に思い浮かべる「水車」ではない、と言うようなことが述べられていた。
        パウル・ツェランも言葉をメタファーとして使う詩人であり、言葉にどういうイメージが含まれているか、詩の中に詩人は何を現したかったのか、あるいは訴え、表現したものは何だったのか。
        読んでいるうちに深く打たれるものがある。

        パウル・ツェランの詩はその技法に慣れて、読んでいると、奥深く潜んでいる原体験、非常に深い傷跡が読み取れる、
        詩篇は不思議なリズム感があるが、悲しみと、それとともに両親への追悼の心が、悲しい響きを伝えてくる。
        読むうちに、破綻のない詩の形に偉大な詩人が死を見据えた魂の声を聞くことができる。

        解説は後部に、一編ずつつに対してつけられ、詩文集は彼の少ない講演の記録や文章も集めている。

        代表作「罌栗と記憶」の中の「詩のフーガ」が冒頭にあるが、それではなく、趣旨に沿って

        「ひとつのどよめき」を

        ひとつのどよめきーーー いま
        真実そのものが、
        人間どもの中に
        歩みいった、
        暗喩(メタファ)たちのふぶきの
        さなかに

        訳者解説

        「暗喩たち」というのは、詩の代名詞と考えていい。詩について喋々喃々している間に「どよめき」が(災厄)が持ち上がった。



        石原吉郎さんの詩も(手持ちの名詩集から)

        泣きたいやつ

        おれよりも泣きたいやつが
        おれのなかにいて
        自分の足首を自分の手で
        しっかりつかまえて
        はなさないのだ
        おれより泣きたいやつが
        おれのなかにいて
        涙をこぼすのは
        いつもおれだ

        以下略



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        2015/04/02 by 空耳よ

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      犬は鎖につなぐべからず 岸田國士一幕劇コレクション

      ケラリーノ・サンドロヴィッチ , 岸田国士2008/01

      カテゴリー:戯曲
      5.0
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      •  先週の出来事です。今日も今日のうちに帰れないと嘆きながら、ペットボトルのペプシコーラを一口、そして思わず
        「モスバーガーの味だ」
        と漏らしたのはいいものの、やはり帰宅する目途はたたない。ふわっと意識が宙を浮き、左手をスラックスの後ろのほう、要するに臀部に伸ばすと昼休憩での惨事、あの事件の痕跡と逢着した。あのバカ犬め、バカ犬め……。
         お昼ごはんを食べたあとの、オフィスへもどる抜け道がちょっとした住宅街に近いせいか、犬の散歩に精をだす婦人がやたら多い。ここにも犬を連れた奥さんはいるのだ。しかもこの辺りの奥さんには(にも?)不文律に縛られない人もいて、つなぎをしないでゆうゆう散歩しておられる。はじめて見たときはそれは目を疑いましたが、郷に入っては郷に従えとあるように、もしくは、じぶんも犬を連れた気分で平然とやり過ごしていました。ところが、じゃなくて案の定、うしろからガブッとやられましてね、いいえ体はまったくの無傷で、うまい具合に布地のみ痕が残りました。なにか知りませんけれど弁償するとか言ってくるもんですから、
        「それがこれは安物ではないんです」と返せば、ほのかに申し訳なさそうな表情を浮かべたので、「いえいえ、19,800円です」とその場をあとにしました。
         それでも私は声高らかに訴えたい。犬は鎖につなぐべからず。そういえば、このごろ駅から歩いて帰路に着くあいだに必ず吠えてくるあの犬を見かけていない。私が通り過ぎる手前、一目散に駆けつけてくるのだが、鎖のせいでどうしても飛びつけず、透明な壁にぶつかるように頓挫してしまう。それを見るたびに可哀想になったり、嬉しくなったり、家に帰った心地がしたりするのだ。こんなに私の帰りを待ってくれる人はついにいなかったのではないか? だからもう一度訴えたい、犬は鎖につなぐべからず。
         それでは本のご紹介。表紙に目をやると、なんだかクラリーノ・サンドロヴィッチさんの戯曲を岸田國士が訳した古い本の復刻版に見えるが、その反対で、岸田國士の原作の戯曲を、日本生まれのクラリーノ・サンドロヴィッチが読みやすく編纂した本なんですね。この劇作家の奥さんは緒川たまきさんらしいですぞ。羨ましいですね。わりとぼくのタイプです(最近の一押しはNHKの桑子アナ)。いろいろな短篇の芝居がコラージュされており、これを読めばおよそ名前しか聞く機会のない岸田國士の世界を垣間見ることができるのです。もちろん岩波書店や新潮社から全集も刊行されています。しかし、あたらしい岩波の全集は旧かな表記なので、それに慣れていない人は取っつきにくくて仕方がない。そこで奥さん、じゃなくて皆さんに岸田國士のおもしろさに触れてほしくてレヴューしました。さり気ない人間の機微がつまった澱みなく交わされる会話文には、それでいて余白もあって、読者各々のイメージがうまくテキストに投影される。たとえば「驟雨」に出てくる、新婚旅行早々に愛想を尽かされる男なんて定めし身近にいるだろう。そうやって手繰り寄せたあとに遠目からも眺められるのが岸田國士のほんとうの魅力であり、頭のなかに特設された劇場まで読者を手びきするテキストのみが本として読まれる。シェイクスピアにしてもブレヒトにしても。言うまでもなく、この劇場はペット持ち込み可。シェイクスピアの戯曲でなくても、鎖なしの犬が、何食わぬ顔して見知らぬものを拾ってくる。
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        2016/11/13 by 素頓狂

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      目眩まし

      鈴木仁子 , SebaldWinfried Georg2005/11

      カテゴリー:小説、物語
      3.0
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      • 【夢を見ているように移ろう物語】
         本書には、『ベール あるいは愛の面妖なことども』、『異国へ』、『ドクター・Kのリーヴァ湯治旅』、『帰郷』の4編が収められています。

         このうち、最初の『リーベ あるいは愛の面妖なことども』に登場するアンリ・ベールとは、スタンダールのことです。
         決して美貌の男性とは言えなかったものの、ナポレオン戦争に従事するに当たり、軍服を身につけたところその男ぶりも上がったように見え、自己陶酔してしまう男。
         まったく強引に想う女性に言い寄り、手ひどく拒絶され、あるいはあきれられる恋愛に不器用な男。
         梅毒に苦しめられ、その治療薬として与えられた水銀などにより余計に命を縮めた男。
         そんなスタンダールが描かれていきます。

         このあとの3編はカフカです。
         3編目に出てくる『ドクター・K』とはまさにカフカのこと。
         ここで書かれている内容は、プラハ労働者傷害保険協会に勤務していたカフカが、ウィーンで開かれる国際会議に上司と共に出席した際の伝記的事実なのです。
         本作はその事実をなぞっているのですが、それは3週間にわたるカフカの記録を復元しただけではないのか?
         これは小説と言えるのか?
         と、巻末解説を書いているカフカの翻訳者としても名高い池内紀氏は問いかけます。
         もちろん、歴とした小説であると言い切るのですが。

         『帰郷』でも、カフカの『狩人グラフス』にそっくりな文章が何カ所にも出てきます。
         『異国へ』では、カフカの『失踪者』がなぞられていきます。

         どうやら、本作にはあちこちにカフカをはじめとする様々な作家の作品が織り込まれているらしく、これは翻訳者泣かせの作品ですよね(オリジナルに気付かなければ訳に失敗してしまいそうです)。

         そしてまた、そのような作品なので、筋があるような無いような。
         まるで夢の中のように、場面がどんどん移ろっていってしまうのです。
         作中に添えられたモノクロの写真もまるで夢の中の映像のようでもあります。
         スナップ写真が多いのですが、中にはコラージュのようなものもあります。
         文中では観覧車となっているのですが、観覧車というよりは、遊園地によくある、塔に飛行機がつながれてぐるぐる旋回する遊具のように見えるものの一部が大写しにされており、そこにコラージュ的に貼られた4人の人物。
         一人だけ笑みを漏らしている男性は、カフカだと言います。

         あるいは、新聞広告だったり、パスポート写真だったり、何かのメモの写真だったり。
         そういった写真が、この夢の中の世界のような作品をより際だてているように感じます。

         非常にデリケートな作品ではないでしょうか。
         もとより、ゼーバルトの作品は、その文章の魅力が大きいと感じていたのですが、本作の内容が、筋に負うというよりは、上述したような、カフカらの文章をなぞるようにして紡がれていくあわあわとしたものだけに、その文章が描き出す情景などが染み入ってくるように感じました。


        読了時間メーター
        □□      楽勝(1日はかからない、概ね数時間でOK)
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        2020/04/16 by ef177

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      文盲 アゴタ・クリストフ自伝

      堀茂樹 , アゴタ・クリストフ2006/02

      5.0
      いいね! kentoman
      • 淡々と綴られているようであって、その奥にあるものは濃い。
        自伝。
        自分の経験に根ざしているからこそなのだと思う。
        著者独特の言い回しというのか、ちょっと違うところに視点をおいて見ているというのか、そのあたりが特徴的でもある。
        今の自分の置かれた環境が、ある意味において、とても恵まれているとも思うし、違う点で言うと、果たしてそうなのか?と思うこともある。
        そう思えること自体が、恵まれているのだろう。
        文盲・・・いろいろな意味に捉えられるな。
        >> 続きを読む

        2014/08/17 by けんとまん

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      ボクの先生は山と川

      矢口高雄1988/06

      カテゴリー:漫画、挿絵、童画
      3.0
      いいね!
      • 結構前の本で久しぶりの再読
        矢口高雄の文書は読みやすく、ちょっと昔の田舎の生活が面白く書かれている。人生の楽園とか世間では田舎の良さが色々言われている部分もあるが、自分としては田舎生活チョットと思っていまう。
        近所付き合いetc色々・・・
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        2015/01/25 by kazenooto

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      インド夜想曲

      TabucchiAntonio , 須賀敦子1991/01

      カテゴリー:小説、物語
      5.0
      いいね!
      •  二、三年まえの雑誌『ユリイカ』に、わたしをウキウキさせる特集があった。アントニオ・タブッキの特集である。殊に、作家の堀江敏幸さんと、タブッキの翻訳も手掛ける和田忠彦さんの対談がおもしろく、それを読むあいだに多くの記憶が甦ってきた。
         わたしが最初に読んだ堀江作品は『熊の敷石』で、堀江さんはこの作品で芥川賞を受賞した。『熊の敷石』を読んでいるとき、わたしはタブッキの匂いを感じていた。もちろん、堀江さんは、わたしが名も知らぬフランスの小説を多く読んでいるはずなので、堀江さんとタブッキを結びつけることは性急にすぎた。しかし、この『インド夜想曲』と『熊の敷石』はじつに通い合うものがあるのだ。その謎がこの対談ですこし明らかになった。
         タブッキを読むとき、いや大抵の小説を読むときにいえることだが、あまり初読をあてにしてはいけない。たぶんナボコフの言葉にこんなのがあった。
         「小説を読むことはできない。小説は再読されるものだ」
        初読ではどうしても筋を追う読み方になるし、すぐれた小説の見るべきところは、いかんせん恥ずかしがり屋で、それを味わうためには再読が必要なのだろう。タブッキもそれを要求する。
         『インド夜想曲』も初読の段階では、インドを巡る幻想めいた冒険という印象を受ける。が、筋を忘れない程度に時間をあけてまた読むと、かなり違った読書体験になると思う。用意された容器に神秘的な水が注がれるように、タブッキの世界を味わうことができる。登場人物たちのやりとりや、たくさん出てくるホテルの情景に魅了される。幸い、この小説は短い。150ページだ。気になった人は是非、タブッキの本を手に取ってほしい。
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        2015/02/18 by 素頓狂

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      ライ麦畑でつかまえて (白水社世界の文学)

      野崎孝ジェローム・デーヴィド・サリンジャー (1979/03

      4.0
      いいね!
      • 【少年と大人の狭間の時間】
         9月の課題図書になったので昔書いたレビューを引っ張り出してきました(とは言え、私がこちらにupしている他のレビューも、昔書いたものの転載なんですけれどね)。
         

         再読です。最初に読んだのは高校生の時だったと思うのですが、その時にはどこが面白いのかさっぱり理解できませんでした。
         この度再読してみて、その面白さは理解できました。
         やっぱり本は(適当な期間をおいて)再読するものですね。

         軸となるストーリーは極めてシンプルです。
        主人公のホールデンは全寮制の名門高校に通っていたのですが、怠学のために単位を落としてしまい、遂に退学処分を受けてしまいます。
         家には水曜日に帰ることになっているのですが、土曜日の夜、急に、「水曜日まで学校にいるなんて耐えられない。今すぐ学校を出てホテルに泊まり、家には水曜日に帰ればいいじゃないか。」と思い立ち、学校を飛び出してから家に戻るまでの話です。

         ホールデンの父親は弁護士で、結構良い家庭なのですよね。
         だから、ホールデンも裕福です。
         しかし、彼はこれまでにも退学を繰り返してきました。
         彼は、彼なりの理由で真面目に勉強に取り組もうとしないのです。

         彼の性格はと言うと……淋しがりやで、無計画(刹那的)で、感じやすく、不器用で、悪ぶりたいくせにヘタレです。
         厨2病的なところもあるかな(笑)。
        基本的に悪い子じゃないんです。
         結構本も読んでいますし、自分より年下の子供が大好きです。
         ただ、彼の目から見た大人の欺瞞や偽善が嫌で仕方がない。
         とは言え、彼だって頭の中ではそういうもんだということは十分に分かっているし、表面的にはそれに合わせることだってするのですけれど。

         大人は嫌だと思いながら、彼は大人のように振る舞いたがり、煙草を猛烈に吸い、年齢をごまかしてでも酒を飲もうとし(ごまかせないんですけれどね)、大人びた口調を真似てタクシーの運転手に話しかけるけれど相手にされず、売春婦を買うもののいざとなると恐くなってできなくなり、ポン引きからぼったくられる。
         精一杯背伸びをして失敗を繰り返しています。

         本作はホールデンの一人称で語られるのですが、印象的なのは彼の誇張した語り口ではないでしょうか。
         たった数分のことを5時間もかかったと言うように、何でもかんでも誇張しまくります。
         また、無駄な嘘を積極的につきまくります。
         それも決して巧い嘘なんかじゃないのに、本人は結構得意になってしゃべっていたりするのです。
         そして、始終誰かに電話をかけたがります。
         どんなに深夜であろうと、とにかく誰かと話していたくて仕方がないのです。
         
         ところで、あまりにも有名なこの作品のタイトルは何故そうなっているかご存知ですか?
         原題は、”The Catcher in the Rye”ですから、直訳すれば『ライ麦畑の捕手』ということになりますよね。
         作中で、ホールデンは、兄が退学処分になったことを知った妹(この妹がとっても可愛らしいのですよ)から「お兄ちゃんは将来何になりたいの?」と問い詰められた時にこう答えます。
         「広いライ麦畑かなんかがあってさ、そこに小さな子供たちが、みんなでなんかのゲームをしているところが目に見えてくるんだよ。で、僕はあぶない崖のふちに立っているんだ。僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ。一日じゅう、それだけをやればいいんだな。ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。」と答えるところから来ています。
         もしかしたら、ホールデンというのは、ピーターパン的なものなのかもしれない。

         『ライ麦畑……』は、ロバート・バーンズの詩で、本当は『ライ麦畑で会うならば』という詩なのですけれど、ホールデンは『ライ麦畑でつかまえて』という詩だと誤解していたんですね。

         物語のラスト近く、ホールデンは深夜だというのに好きだったアントリーニ先生に電話をかけ、その家を訪ねるシーンがあります。
         退学処分になったことを知ったアントリーニ先生は、ホールデンの考えを聞き、「君はいま、恐ろしい奈落の淵に向かって進んでいる。」と諭すのですが、ライ麦畑の崖っぷちで落ちそうになった子供たちをつかまえたいと言いながら、実はホールデン自身が落ちそうになっているのだと言うことなのでしょうね。

         ラストの、妹をメリーゴーランドに乗せて、それをベンチで驟雨の中見守るシーンは良いシーンですよね。

        私は、ホールデンと同年代の頃、この作品を初読したわけですが、当時はホールデンのやっていることに全く共感できず、だから、作品自体面白くもなんとも無かったのだと思います。
         不愉快なだけだった印象があります。
         今となれば、ホールデンのような感情は多かれ少なかれ、自分を含めた同年代の者にはあったことだったと理解することができ、それを赦すことができるようになっているのでしょうね。
         読者によっては、ホールデンと同年代の頃に読んだからこそその気持ちにビビッドに共感を寄せることができたという方もいると思います。

         以前読んだけれどあまり面白くなかったという感想をお持ちの方がいらっしゃったら、そして、最初に読んだ時から十分な時間が過ぎているのだとしたら、そろそろ再読しても良い時期かもしれませんよ。
        >> 続きを読む

        2019/09/01 by ef177

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      フロベールの鸚鵡

      斎藤昌三 , BarnesJulian1989/10

      4.0
      いいね!
      • 本書著者のエッセイ『文士厨房に入る』が面白かったので、小説も読んでみました。分類としてはポストモダンになるらしいのですが、ポストモダンがどんなものなのかいまいちよくわからず…しかし従来の小説の構造とは違うなというのは感じました。かといって幻想怪奇系でもなく、内容は非常に現実的なのですが、小説としての構造がだいぶ違う感じです。こういう書き方もあるのか、と。最初は戸惑いましたが、演出として非常によかったので、好きです。かなりしっかり取材をして書く人らしく、これ小説なの?と最初は思いましたが、小説でした。

        フロベールは19世紀フランスの小説家ですが、私は『ボヴァリー夫人』しか読んでいません。でも『ボヴァリー夫人』だけでも読んでいてよかった。他のも読んでいたもう少し違う楽しみも感じられたかもしれません。元ネタの知識があるとより面白そうな。後出しになりますが、後日『紋切型辞典』は読むつもりです。

        フロベールの年表からはじまって、彼の足跡を訪ね、作家の姿に迫り、しかしこれはフィクションなのです。「純然たる実話」の章(少なくとも他の章は丹念な調査に基づいたフロベールに関する話題なのに、実話と称したこの章で小説っぽさを出してくるとは…!)が、かなりぐっときました。

        「僕は妻を愛していた、僕らは幸せだった、妻がいないのがつらい。」

        これまでぐだぐだと(失礼。)作家フロベールについて調べ、分析し、書いていたのはこのためだったのか、というのが、もう!その後の「試験問題」の章もそうですが、語り手の男性の状況をこういう風に描き出す方法があるのか、というのがいい意味でショックでした。やられた。


        そういえば少し勘違いしていたのですが、著者のジュリアン・バーンズ、御歳70なんだとか。まだ50か60かそこらだと思っていました。
        今年に入って『アーサーとジョージ』が刊行されましたが、wikiによれば、これは英国では2005年に刊行されたものですね。
        ちなみにブッカー賞を受賞したのは英国で2011年に刊行された『The Sense of an Ending』で、これは新潮クレストブックスで翌年に訳されていました。読まないと。『イングランド・イングランド』も面白そうです。
        ところでブッカー賞についてよく知らなかったので調べてみたのですが、これはその年に英国籍の著者により出版されたもっともすぐれた長編小説に与えられる、というものらしくて、作家ではなく作品に対して贈られるんですね。選考委員のバランスの良さに定評があるのだとか。へぇー。
        >> 続きを読む

        2016/04/17 by ワルツ

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      初版グリム童話集

      吉原素子 , ヤーコプ・グリム , 吉原高志 , ヴィルヘルム・グリム1997/05

      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      •  5歳になる娘の読み聞かせに使えればと思って買いましたが、
        幼稚園児には難しすぎたようです。
        かえって大人が読んだ方が面白いと思います。
        きっとコンセプトもそんな本です。

         現行もっとも知られており、
        一般的に「グリム童話」として認知されているものは、
        初版に様々な手を加えられた第7版だそうです。
        それまでに子供向けではない表現が削除されたり、
        文章や描写が洗練されたりしてかなりの変化があったようです。

         本書を読むと、そのことをすごく実感します。
        文章に飾り気がなく、とても純朴で、
        ある意味 粗野な印象を受けるのです。
        まさに磨かれる前の素材のままの昔話です。
        シンデレラやラプンツェルとかの原型は、
        だいぶ今つたわっている物と違い興味深かったです。
        各ストーリーの後の注釈で、
        それぞれの話の変遷などが分かるのも面白かったです。
        >> 続きを読む

        2015/02/01 by kengo

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      カフカ小説全集

      池内紀 , フランツ・カフカ2001/01

      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      • 【もどかしさに悶絶してしまいそう】
         カフカの残した原稿に忠実に構成された『カフカ小説全集』第二巻は未完の長編『審判』です。

         ヨーゼフ・Kは、30歳の誕生日の朝、いきなりアパートにやって来た2人の男達に逮捕されます。
         一体何の容疑で?と尋ねても、2人とも知らないと言うのです。
         ところが、逮捕されたというのに身柄を拘束されるわけでもなく、いつも通り勤務先の銀行に出勤しても良いと言われます。
         その上、出勤の便宜のためと言うことで、銀行の部下職員まで連れてきているではないですか。

         何の事やらさっぱり分からないまま銀行に出勤するKなのです。
         Kは大手銀行の支配人の地位にありましたが、どうやら頭取代理が失脚を画策している様子もあります。
         逮捕されたとは言ってもいつも通り仕事にも行けるのだし、何ほどのことか、と最初は軽く考えているのですね。

         その上、朝、いきなりやってきた男達との間で醜態を演じさせられてしまったことなどを気に掛け、帰宅後はアパートの大家さんの部屋に行き弁解がましい話をしたり、同じアパートに住む女性の部屋に行ってくだくだしい話をしたりしています。

         そんなKのところに裁判所から電話がかかってきて、次の日曜日に出頭するようにと言われます。
         いよいよ裁判が始まるのかと思い、日曜日に出かけるのですが、そう言えば出頭すべき時間を告げられていないことに気付きます。
         こういったものは9時頃に始まるものだと考え、指定された住所に赴きます。
         しかし、そこには裁判所らしい建物はなく、あるのはアパートのような建物だけ。

         仕方なくそのアパートに入り、うろうろしていると、何と、アパートの中に裁判所があることが分かります。
         この辺り、どう考えても裁判所内部の方がアパートよりも大きいように描かれているように感じられ、不条理感が一層高まります。

         どこで何が行われているのか分からないまま、おそらくこれが自分の事件を審理する法廷だろうと当たりをつけ、そこで一席ぶってしまうKなのです。
         いや、そもそも一体何の件で裁判にかけられているのか分からないままなのに、何でそんなことをするのか。

         Kの裁判はその後進んでいるんだか進まないのだかさっぱり分からない状態に陥っていきます。
         最初のうちはあまり深刻に考えていなかったKも段々不安になり、叔父の勧めで依頼した弁護士を督促するのですが、最初に提出する請願書すら書き上げてもらえない状態です。
         Kは自分の裁判のことを聞いたという商人から裁判の話を聞いたり、その商人の勧める裁判に詳しい画家などを訪ねて助言を請うなどし、いっそのこと弁護士など解任してしまおうかとも考え出します。

         そんな過程で裁判の仕組みが解説されるのですが、これがもうナニガナニヤラさっぱり分からない制度なのです。
         そもそも弁護士をつけることは法律上認められていないとか、認められていないけれど事実上弁護士が暗躍しているとか、裁判官も複雑な案件になって困ってしまうと弁護士に相談を持ちかけるとか、まったくわけが分かりません。

         そんな状態が1年も続いた、Kの31歳の誕生日前夜のこと、Kのアパートにいきなり2人の官吏らしき男が現れ、Kは連行されていきます。
         一体何が起きたのか、判決が下されたのか、そもそも何の件の裁判だったのか全く分からないまま、Kは処刑されてしまうのです。

         これが、私達に残されたカフカの『審判』の概要です。
         結局最初から最後まで一体何の事件の裁判だったのか、Kは何を訴えられていたのか、訴訟はどうなったのか等、重要なことが全く分からないままKが処刑されてしまうというウルトラ不条理な物語なのですね。
         最後の処刑の場面でも、Kは抵抗らしい抵抗すらしないのです。
         自分は潔白なのだ、裁判にかけられる理由など全くないと言っていたKだというのに。

         カフカは、この作品に着手するに当たり、まず冒頭の逮捕される場面と、最後の処刑の場面を先に書いたのだそうです。
         そして、それが1年間の間の出来事であることも。
         こうやって頭とお尻を決めて書くことにより、長編第一作の『失踪者』が未完に終わった轍を踏まないようにしたということなのですが、結局未完で終わってしまいました。

         最後の場面は書かれていることから、これまで一般的だったブロート版ではあたかも完成した作品のように編集されて公刊されてきたわけですが、カフカの手稿には、どこに位置づけられるのか不明な断片がいくつか残されていました。
         ブロートは、それら断片を無視し、あるいは一部を別の章に入れ込むなどして編集してしまったのですね。
         本書では、カフカの手稿研究の結果から判明した順に章が並べられており、断片は断片として末尾に添えられています。
         
         カフカ自身、法学を勉強していたということで、『審判』は、カフカの実体験に根ざした作品であると言われています。
         巻末解説によれば、カフカは法律の国家試験に合格し、法律実務の勉強をしたものの、法律家の任用試験を受験せず、法曹にはならなかったとのことです。
        >> 続きを読む

        2019/07/01 by ef177

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      カフカ小説全集

      池内紀 , フランツ・カフカ2001/03

      カテゴリー:小説、物語
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      • 【こいつは一体何をしに来たんだ?】
         主人公のKは測量士です。
         城からの招聘に応じ、長い旅をしてきて、ある夜、ようやく雪が積もる城下の村にたどり着きました。
         村の入り口に居酒屋兼宿屋があったので、そこで宿を取ろうとしますが部屋がないと渋い顔をされてしまいます。
         強引に頼み込んで酒場の隅に藁袋を敷いて眠りに就きました。

         しかし、程なくして一人の男がやってきて、よそ者が村に泊まるには城の許可が必要だ、許可が無いなら出て行けと言います。
         城からの招きに応じてやって来たというのに何ということを言うのだ!とカチンと来たKは、自分は城からの招聘に応じてやって来た測量士だと名乗るのです。
         色々問い合わせた結果、確かに城が招いた測量士に違いないと分かり、主も部屋を開けるので移ってくれと言い出す始末。

         翌日、城から派遣された助手だという2人の男がKのところにやってくるのですが、この2人組がまったく使えない男達なのです。
         いつもふざけ合い、笑い合っていて、いたずらばかりし、何の役にも立たず、むしろ物事を混乱させるばかり。
         まるで子供のみたいな連中なのです。
         
        そんなKのところに村の少年が城からの使いだと言ってやって来ます。
         少年は局長名の一通の手紙を持ってきており、その手紙によると測量の仕事の兼は村長と打ち合わせて欲しいということでした。
         すぐに村長の所へ行けばいいのに、Kはぐずぐずしており、もう一軒の居酒屋兼宿屋に出かけたりします。

         そこでフリーダという女給と出会うのですが、フリーダは手紙の主である局長のクラムの愛人だというのです。
         そしてクラムその人が今宿にいるということも教えられます。
         覗き穴があるのでそこから覗いて良いと言われ、覗いてみるK。

         で、Kは何とフリーダを押し倒し、そこで関係を持ってしまうのですね。
         村に着いて間もないというのに、Kは一体何をしているんだ?
         フリーダもKについていくことにしてしまい、女給を辞め、Kが最初に泊まった居酒屋兼宿屋に行き、そこで用意してくれた女中部屋を片づけてそこでKと一緒に暮らし始めるのです。
         
        ようやく村長の所に行ったKですが、村長は通風を病んで寝たきりの状態です。
         しかも、村には測量士は必要ないと言うのです。
         おかしいじゃないかと言うKに対して、村長は、測量士などいらないということは城に伝えてあるのだけれど、お役所仕事故、連絡が行き違っているようだと言うのです。
         とにかく仕事は無いと言われ途方に暮れるK。

         この上は局長のクラムに直談判しようと考えます。
         クラムの愛人だったフリーダを寝取ってしまったことでもありますしね。
         フリーダとも結婚するのが良いだろうと考え、その旨、泊まっている宿屋の女将に相談するのですが、フリーダとの結婚は承知されるものの、クラムと直接話すなどとんでもないと猛反対されてしまいます。
         そういうことはできないのだと。
         このことで女将との関係がこじれてしまい、Kとフリーダは宿屋を追い出されてしまいます。

         一方、村長はKのことを一応気にかけているようで、測量の仕事はないけれど、学校の小使いとしてなら住み込みで雇ってやると申し出てきます。
         学校の教師はいけ好かない奴でしたし、測量の仕事をしに来たのに何故小使いなどしなければならないのかとKは断るのですが、当面の住居の確保も必要だとフリーダに懇願され、渋々この仕事を引き受けました。

         そんなKのところに再び使者の少年がやってきてクラムの2通目の手紙を渡されます。
         それによると、城はKの仕事に満足しており、助手達の働きも素晴らしいと聞いていると書かれていました。
         一体どういうことだ?
         測量の仕事など全くしていないし、あのふざけた助手達が素晴らしいだと?
         これはどうあってもクラムと話さなければならないと考え、使者の少年に言伝を依頼し、あるいは自らクラムを待ち伏せしたりするのですが、どうにも連絡が取れません。

         ところで、フリーダや村の人々は、使者の少年の一家を毛嫌いしているようなのですね。
         それはどういうことなのでしょう?
         Kが話を聞いたところによれば、かつて城の役人が一家の娘を愛人にしようと呼び出した際、それを拒否したために以来村八分状態に合っているらしいということが判明します。

         城って一体どういう存在なのでしょうか?
         村人達も、自分たちは城に従属していると言い、城の関係者を尊重しているのですが、どうにも不可解な状況です。
         そして、Kは一体どうするつもりなのでしょうか?
         普通に考えれば、測量の仕事が無いならとっとと帰れば良さそうなものなのに、仕事などほったらかしで、何だか村に居着くようなつもりにも思えてきます。
         こいつは一体何のために村にやってきたんだ?

         というのがこの物語のストーリーです。
         カフカらしく、とにかくイライラさせられる、何が何だかよく分からない、主人公を始め、登場人物が何を考えているのか理解に苦しむ、そんな作品です。

         以前読んだ時には、「どうしても城に行き着くことができない物語」という印象を抱き、カフカの長編(『失踪者』、『審判』、『城』の3編)の中では一番好きだった作品なのですが、この度再読してみて大分印象が変わりました。
         以前読んだ時には、Kと城との関わりということが印象に強く残ったのですが、この度はそれよりも、村の中でのKの振る舞いの方に目が行きました。
         以前は、測量の仕事がなかなかできない、それを訴えようとしても城にたどり着かないもどかしさが強く感じられたのですが、そしてそれはその通りなのですが、再読してみると、私もKと同じように測量の仕事のことなんか脇に置いてしまったようで、それとは別にKが村でうだうだやっていることの方に目が向いてしまいました。

         またこれが本当にうだうだで。
         Kが少年一家が村八分になったいきさつを聞く章がいくつか続くのですが、ここでは一家の娘のオルガとKの二人が延々と理屈っぽい(しかもよく分からない)ことを話し合うシーンなのですね。
         似たようなシーンは、Kと宿屋の女将の話し合いのところでも出てきます。
         本当にうざったい位延々と台詞が続くのですね。

         カフカらしいと言えば大変カフカらしいのですが、こういうやり取りの部分が面白いか?と言われるとなかなか難しいところではないでしょうか。
         結局、この『城』も未完で終わってしまいます。
         結局、カフカは3編の長編を書くのですが、すべて未完で終わってしまったのですね。

        本書もカフカの手稿に忠実に編集された版で、かつてのブロート版との違いも巻末解説で整理してまとめられています。
         やはりブロート版では本作も完結したように編集されて出版されていたということです。
         そのため、かなり重要な部分を無視してしまっている編集になっているようです。

         カフカの作品に共通する点ではないかと思うのですが、どうもカフカは登場人物に一本線の通ったぴしっとした性格付けをしていないのではないかと思われる節があります。
         いやそれはしているのかもしれませんが、場面場面によってその描写、扱いがぐらぐらするように感じるのですね。
         不安定というか。
         そこがまた不条理感にも通じるところで、カフカの味なのでしょうけれど。

         巻末解説を読むと、どうやらカフカは全体のプロットを決めてから書き始めるということはせず、とにかく思いつくままどんどん書いていったようなのですね。
         だから、場面によってぐらつきのようなものが出るのではないでしょうか?
         残されたカフカの手稿を調べると、そういう書き方をしているのに驚くほど書き直しが少ないのだそうです。

         『城』は6冊のノートに書かれているのだそうですが、ノートのほとんどの部分には手直しがなく、一気呵成に書き上げている様子がうかがえるのだそうです。
         ところが、ノートの終わりになると突然斜線で消して書き直すような部分が増えるんだとか。
         そして、新しいノートのはじめの部分にもそういう直しが繰り返され、ようやく視点が定まったと見えるや、また何も書き直しのない部分がずーっと続いているんだそうです。

         さて、これでカフカの長編3作の再読を終えました。
         この『城』が一番顕著でしたが、やはり再読してみると当初の印象から変わる作品というのも結構あるものだなぁと改めて感じました。
         以前は、カフカの長編の中では『城』が一番好きだったのですが、再読した結果、自分の中での『城』の評価がちょっと落ちてしまいましたよ。
        >> 続きを読む

        2019/11/25 by ef177

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      越境

      BarkerPat , 高儀進2002/09

      カテゴリー:小説、物語
      いいね! misako
      • 10歳のダニーは本当に女性を殺したのか。ダニーに責任能力ありと判断して、成人扱いで裁かれるきっかけを与えた心理学者トムの、住まい近くの川に身投げしたのも偶然だったのか。この辺りは、読者を引っ張る主要テーマになっていると思う。でも実は、これらの答えを知ってる、読者はみんな。トムの離婚の流れはメインストーリーではないものの、興味ある展開になってる。それにしても以前、就労支援してた学生に、ダニーはそっくり。だぶって困ってしまった。 >> 続きを読む

        2015/02/10 by 紫指導官

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