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(株)平凡社 (ヘイボンシヤ)

企業情報
企業名:平凡社
へいぼんしや
ヘイボンシヤ
コード:582 256
URL: http://www.heibonsha.co.jp
      あの路

      山本賢蔵 , 伊勢英子2009/09

      カテゴリー:漫画、挿絵、童画
      5.0
      いいね! kentoman
      • 少年と犬。
        相通ずるものがあるのだろう。
        仲間、相棒。
        しかし、別れの時はやってくる。
        ただ、想い出はなくならない。
        共に走った”あの路”のことは、大きな支えになる。
        >> 続きを読む

        2014/08/10 by けんとまん

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      言葉が立ち上がる時

      柳田邦男2013/06

      4.5
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      • 著者柳田邦男さんの、生きた言葉を訪ねる旅のドキュメンタリーだ。

        書かれた言葉の行間に横たわるいのち。

        からだに染みついた記憶から涌き出でる言葉のたましい。

        人類の歴史は、言葉と言葉にまつわるたましいの歴史なのだ。本書を読みながら感じるモノこそ大切にしたい。
        >> 続きを読む

        2014/07/04 by junyo

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      ルポ出所者の現実

      斎藤充功2010/11

      カテゴリー:刑法、刑事法
      5.0
      いいね!
      • 図書館にて。
        この分野の勉強のため。

        2015/08/29 by nananann55

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      人名字解

      津崎幸博 , 白川静2006/01

      カテゴリー:辞典
      3.0
      いいね!
      • 宮城谷さんの作品を読んでいると、様々な漢字が気になってくる。大きな辞書を丸々読む気も時間もないけど、もう少し漢字に詳しくなりたくなった。次の子供の名前をよりしっかり考えるためにも。 >> 続きを読む

        2013/06/15 by freaks004

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      図説台湾の歴史

      浜島敦俊 , 周婉窈 , 中西美貴 , 石川豪2007/02

      カテゴリー:中国
      5.0
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      • 台湾の歴史についての、わかりやすい学術書、というくくりになるんでしょうか。ちょっとまじめな一般書?さすが平凡社、という完成度。すばらしい。授業の副読本、という感じですね。

        前回読んだのが日本の研究者の本だったので、今回は意識して台湾人の本を選びました。著者は1956年生まれの台湾生まれの研究者。当時台湾は長い戒厳令下にあって、著者は1981年にアメリカに留学したそうです。そうしないと歴史を学べなかったから。
        生まれた年代によって学校で教えられた歴史に差異があり、対中、対日の意識に差異があることを冷静に指摘しているところが信頼できます。どれが正しい、と言うでもなく、台湾人は台湾人の歴史を見出していかなくてはいけない、という著者の主張(一種のバイアス)が健全な感じ。「台湾人が台湾の歴史を学ぶことができなかった歴史は100年にもおよぶ」という言葉の重みがずしりとくる。蒋介石は独裁者だと、言えるようになったのはたぶんつい最近なのでしょう。

        中国語版が台湾にて刊行されたのが1997年。そのときには1945年でストップしていました。日本語版の刊行を受けて追記されたのが「戦後編」で、白色テロや戒厳令についてざっくりとまとめてあります。歴史の流れ、というよりは、著者の思いが強い文章ではあるけれど、中国の名文っぽい雰囲気が訳文からも感じられ、いい論文だと思いました。

        調べてみたら、さらに「増補版」というのが刊行されているようなのでもう、買うつもりです。とてもよかった。すごくよかった。
        >> 続きを読む

        2017/09/18 by ワルツ

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      昭和史 1926-1945

      半藤一利2004/02

      カテゴリー:日本史
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      • ダンナが好きな、半藤一利さんの一冊。以前より読め読め言われていたんだが、厚いし眠くなってしまいそうなので、敬遠していました(^^;

        ただ、「永遠の0」を読んだ後、史実に100%基づいたのを読んでみたいな、と思って、重たい1ページ目をめくりました。年内に読み終えて、ゼロの映画をみたいなと思っています。
        >> 続きを読む

        2013/11/08 by ともぞう

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      フローラ逍遥

      渋沢竜彦1987/05

      5.0
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      • 稀に見る美本である。
        これは、所有するための本だ。
        暇な折々に手にとってページを開く時、
        そのひと時の贅沢さを味わわせてくれるだろう。

        25の花々に寄せるエッセイ集。
        渋澤=耽美、ペダンチック、退廃的
        …と考えて忌避する方もおられるかと思うが、これは、非常に自然に読めるエッセイで
        どなたにもお薦めできる。
        つまり、私が所有している唯一の澁澤龍彦の本でもある。
        博学な話題もそうだが、洋の東西を行きつ戻りつする澁澤の想念を追うのには愉悦すら感じる。

        そしてまた、挿絵として八坂安守氏提供の美しい植物図譜75点がなんとも素晴らしい。
        絵を眺めるだけでも十二分にその世界を楽しめる。

        植物の姿を精密に自然科学的に紙に写し取ろうとした人々の努力の成果が
        リアルよりもむしろ、妖艶に感じられるのはなぜだろう。
        澁澤の魔力も関わっているのだろうか。

        新書版も出ているが、ハードカバーの本を求めるべき。
        装丁も文句なしに素晴らしいこの美しい本を所有してこそ、
        本来の存在価値がわかるだろうから。
        シルバーの光沢を持った厚手の外箱に収まったこの本は、
        書架で常にその存在感を発揮して目を楽しませてくれる。

        本を愛する人に。
        >> 続きを読む

        2012/08/11 by 月うさぎ

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      名医が教える「便秘」を治す15の法則

      松生恒夫2012/12

      カテゴリー:内科学
      4.0
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      • 著者は、便秘の原因となる障害を小腸、結腸・直腸、肛門、消化管内容物、ストレスの5つの要素に分類し特定する独自の方法を考えました。
         腸の障害部位を知って、障害を受けた部位を確認して、機能を戻すような治療をしない限り、根本的な便秘の解決にはならないとのこと。
        一口に「便秘」といっても、その原因はさまざまです。
         放っておくと、不快感が続くだけでなく、もっと重大な病気の引き金にもなります。早め早めの対処が肝心ですね。

         詳細なレビューはこちらです↓
        http://maemuki-blog.com/shohyou/health/matsuo-bempi/
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        2013/08/19 by ヨッシィー

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      なぜデザインなのか。

      原研哉 , 阿部雅世2007/10

      カテゴリー:デザイン、装飾美術
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      • 「やりたいことより、できること。やりたいこととできることは違うし、あなたのやりたいことなんて誰も興味がない、って(笑)。でもあなたができることには興味があるし、そこが仕事になる。(阿部)」 >> 続きを読む

        2015/09/07 by 3am

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      日本の秘仏

      平凡社2002/06

      カテゴリー:仏会
      4.0
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      • 日本各地の秘仏の写真を集めた本。

        園城寺の訶梨帝母倚像は、まるで聖母子像みたいで、とても印象的だった。

        また、東京の大観音寺の観音菩薩像頭部は、北条政子の建立の新清水寺の像だったそうで、とても興味深かった。

        いろんなまだ知らなかった美しい仏像がたくさん日本にはあるものだと感心した。
        >> 続きを読む

        2013/07/29 by atsushi

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      作家の家

      平凡社2010/11

      カテゴリー:日本文学
      4.0
      いいね!
      • 実は、知らない作家の方のほうが多くて、イメージできない方が多い。
        それでも、何となく伝わってくるものがあるのは事実。
        そこに息づいているものが、写真を通してではあるが、滲み出ているからだろう。
        いずれにしろ、使い込まれた、あるいは、思いのこもったという表現がピッタリなんだろうな。

        画像を通して見たことのあるのは、熊田千佳慕さんだけだと思うが、自分に一番フィットしそうなのも、千佳慕さんのお宅かな。
        >> 続きを読む

        2014/08/21 by けんとまん

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      あのメニューが生まれた店

      菊地武顕2013/11

      カテゴリー:商業経営、商店
      3.0
      いいね!
      • 今食べているメニューは昔からあるようでも、明治以降に開発されたたものも多い。
        そのメニューが生まれた店を紹介・・・・。

        それは、大半西洋文化が入ってきて日本ナイズされた和洋折衷的なものであるが、
        普段、昼食なんぞに何気なく食べているものである・・・。

        私が、その店(支店も含めて)で食べたことがあるのは、

        きつねうどん(うさみ亭マツバヤ)、ちゃんぽん(四海摟)、串かつ(だるま)
        たこ焼き(会津屋)、牛たん焼(味 太助)、たらこスパゲティ(壁の穴)、
        手羽先唐揚げ(風来坊)、幕の内弁当(まねき食品)、クリームパン(中村屋)
        あんぱん・ジャムパン(銀座 木村屋)、・・・・・・・ですか。

        では残りを、各グループから所縁のメニューと店を選べと、

        クイズ風に羅列すると、

        メニュー
        1・ハヤシライス、2・すき焼き、3・石狩鍋、4・ふぐ、5・親子丼、6・バッテラ、7・芋ようかん
        8・とんかつ、エビフライ、9・みつ豆、10・カレー南蛮、11・水たき、12・おでんの袋と大根
        13・温泉まんじゅう、14・ソースカツ丼、15・小倉アイス、16・トロ握り、17・カツ丼、
        18・みたらし団子、19・ミルク金時、20・カレーパン、21・お子様ランチ、22・ドリア
        23・豚丼、24・かつサンド、25・冷やし中華、26・とんこつラーメン、27・いかめし
        28・軍艦巻き、29・ナポリタン、30・天せいろ、31・広島風お好み焼、32・豚の生姜焼き
        33・つけ麺、34、味噌ラーメン、35・スープチャーハン、36・坦坦麺、37・天むす、
        38・ピザトースト、39・ねぎトロ巻、40・サイコロステーキ、41・ソーキそば、
        42・抹茶パフエ、43・テリヤキバーガー、44・スープカレー、45・タコライス



        a・モスバーガー 、b・アジャンタインドカリ店、 c・パーラー千里、 d・丸善、
        e・太田なわのれんf・金大亭、 g・春帆楼、 h・玉ひで、i・すし常、 j・舟定、 k・煉瓦亭、
        l・舟和本店、 m・三朝庵、 n・水月、 o・呑喜、 p・勝月堂、 q・ヨーロッパ軒総本店、
        r・みつばち、 s・吉野鮨本店、 t・三朝庵、 u・加茂みたらし本舗、 v・喫茶カニドン
        w・カトレア、 x・日本橋三越本店、 y・ホテルニューグランド、 z・ばんちょう
        aa・井泉本店、 bb・龍亭、 cc・南京千両、 dd・いかめし阿部商店、 ee・銀座 久兵衛
        ff・ホテルニューグランド、 gg・室町 砂場、 hh・みっちゃん総本店、 ii・銭形
        jj・大勝軒、 kk・味の三平、 ll・慶楽、 mm・赤坂 四川飯店、 nn・千寿、 oo・紅鹿舎
        pp・金太郎鮨本店 qq・ビックシェフ、 rr・我部祖河食堂、 ss・京はやしや

        解りましたか・・・・。

        それにしても、“親子丼”“かつ丼”“みたらし団子”“ミルク金時” など
        当時は商標登録されてなかったんでしょうな。

        真似がし易い、料理の世界だけに、“くまもん”ではないが、自由に使えて
        それ故に、一気に普及したとも、それとやはり価格的にもリーゾナブルなものが
        多く並んでいますな・・・・。

        これから、10年、20年後に、定番になる新メニューはいったい何なんでしょうか。



        上の答え
        1-d ,2-e,3-f, ・・・・・・・・・・・・・・45-c,です。
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        2014/01/11 by ごまめ

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      中世イタリア商人の世界 ルネサンス前夜の年代記

      清水広一郎1993/06

      カテゴリー:商業史・事情
      3.0
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      •  ジョヴァンニ・ヴィッラーニ著の『フィレンツェ年代記』を中心に、商人が主役となっていた14世紀のイタリア都市世界を描き出した作品。当時のイタリアは(今もかもしれないけれど)、本当に都市ごとに特色があったんだなと感じる。
         
         『フィレンツェ年代記』は、年代記(歴史を記録したもの)だが、いわゆる都市讃美の書の系統にも属する。都市讃美の書というのは、盛期~末期中世に、とくに北・中部イタリアで都市が発展するに際して、自らの都市の美点を数え上げ讃美した書物だ。当時、大概都市どうしが、周辺の農村地域の統治をめぐって等で争い合っていたため、自らの支配下にあることを根拠づけるべく、自らの都市の歴史やら美点やらを綴ったものであるともされる。教科書的には、教皇派と皇帝派が争っていた時代である。イタリアの都市は各々、いずれかの派が優勢であるか異なっており、小競り合いや党派争いは日常茶飯事であった。

         14世紀といえばルネサンス前夜。そしてルネサンスと言えばフィレンツェは、華々しい主役級の都市の1つとして想起されるが、意外なことに、そもそもイタリア都市の中で、発展が遅かった場所らしい。都市讃美の書、歴史書の類の洗練具合もいまいちだった。
         しかし、商人たちの活躍、力の伸長には目を見張るものがあり、商業関連証書への意識はとりわけ強かった。だからこそ、ヴィッラーニの『フィレンツェ年代記』も、同時代史の部分は、商業史料を用いており、また、商業や実務で用いられた俗語が用いられている。

         中世世界=キリスト教世界=宗教的世界(前近代的)のイメージがあり、商人=世俗世界=ルネサンス・宗教改革前史(近代、人文主義へつながる)のイメージがある。しかし、ヴィッラーニが『フィレンツェ年代記』を書くきっかけとして挙げているエピソードは、1300年の聖年に際した巡礼(その年に巡礼すれば贖宥が得られることを教皇が宣言した)である点からして、中世キリスト教世界と商人の世界は別々に考えるべきものではないのである。

         とはいえ、扱い方は困難である。ただ一つ確かなのは、ひどく世俗的に思われる事柄であってもすべて、キリスト教的思考に浸ったものである可能性があり、中世と近世の過渡期たる14・15世紀あたりは、扱いづらくも興味深い時代であるということだ。そして、イタリア都市はその題材として今後なお探究し続けるべきものを豊富に有していることが、ひしひしと伝わってくる、肉厚な1冊である。



         
        >> 続きを読む

        2017/01/31 by 理子*

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      生きる勇気

      大木英夫 , Tillich Paul1995/06

      カテゴリー:近代哲学
      4.0
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      • 原題は「The Courage to Be」で、「存在への勇気」とも訳されます。本書では表題は『生きる勇気』ですが、文中では併記しています。

         パウル・ティリッヒはカール・バルトと並び称される神学の巨人ということですが、不勉強でティリッヒは本書で初めて知りました。本書は渡辺和子が『「ひと」として大切なこと』の中でぜひ読むようにと紹介していたので読んでみることにしました。

         本書では、「勇気」という概念が、古代ギリシャ哲学から説き起こし、近代に至るまでどのように扱われてきたかを概観しています。正直この辺の記述は難解すぎて全部は理解できませんでした。哲学の素養が足りないままに、ある特定の概念、ここでは「勇気」を取りあげて論じている文章を読むというのは困難です。

         ティリッヒの本領である「神学」が中心に出てくるのは結論部分の第六章「勇気と超越」で、?生きる勇気の源泉としての存在それ自体の力 ?存在それ自体を鍵として生きる勇気 にティリッヒの主張が凝縮されています。

         理解できたところだけを私なりにまとめてみます。現代人が直面するのは意味喪失に対する不安である。ここでいう勇気とは「にもかかわらず」という勇気であり、絶望する勇気、絶望を受け入れる勇気である。目を背ける勇気ではない。自殺することは目を背ける勇気にあたると考えられると思う。「絶望している」と言うことができる自己は絶望を受け入れる可能性がある。無とは存在に含まれている。ここでいう存在とは、有無の相対的な世界のさらに深淵にあるものである。ここで私は禅を思い浮かべたが、ティリッヒはそうした東洋的な神秘思想とはまた違うという。違うというか、神秘的な体験はその一部であるという。ティリッヒのいう「存在」の要素として人格としての出会いがある。人格としての神に人格としての人間が出会う。そこに救済を見出す。そうした思想も「存在」の一部ではあるが、そのものではないという。ティリッヒは神はその内部に無を抱え込んだ存在であるという。そうでなければそれは死んだ神であって、生きる勇気の源泉とはなり得ない。ニーチェはそういう神を殺したのである。「神」と言えばすべてが解決するようなそういう説明不可能の神、人間の救済の道具となる神ではない。また人も神の前に主体性を失う人形ではない。神と人どちらかが手段とされてしまうような関係ではない。

         受け容れてくれる何者かあるいは何物かをもつことなしに、受け容れられていることを受け容れること、これをティリッヒは「絶対的信仰」と呼ぶ。これは難解である。何度読んでもなかなかわからない。この概念が超えているものは、全体の部分となる存在への勇気と自己自身であろうとする存在への勇気である。この二つは相反する方向に働く力で、この部分の説明は理解しやすかった。

         全体の部分となる存在への勇気は「参与」という概念で説明される。これは現代の日本でも社会参加の文脈でよく出てくる考えだと思う。「生きる」というのはお金の問題だけではなく、人間の集団への参加、自分がその中で役立ち、その集団を向上させているという感覚が必要であるというような分客で。しかしこの概念は行きすぎると自己が集団に埋没してしまい、体制順応の危険がある。その方向とは逆に自己自身であろうとする力がある。何物にも参与せず自由であろうとする自己は、行為することができない。行為すれば、対象に巻き込まれてしまい、自己の自由の完全性は崩されてしまう。かくして自己は空虚な自己として、嘲笑主義的に生きるしかない。しかし空虚でありながら、自己の内容は自らが嘲笑する世界で出来ているため、自己自身を否定することになってしまう。自己自身であろうとする勇気は、自らが闘ったはずの体制による非人間化や物象化の方向に極端に振れ、全体主義的反動へと進んでしまう。ナチスなどを例として挙げている。この辺は難解できちんと説明できないが、人は何物にも依拠せずに「ある」にはあまりにも弱いということだと思う。

         この二つの一見相反するあり方を止揚する概念として「存在への勇気」はあり得る。二つの自己の方向を否定するのではなく、同時に存在させるのがこの概念の特徴で、深層に「存在」があり、その受容が人を救済へと導くのである。
        >> 続きを読む

        2014/01/06 by nekotaka

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      フローラ逍遥

      渋沢竜彦1996/10

      4.0
      いいね!
      • 晩年の澁澤龍彦による、花にまつわる25篇のエッセイ集。

        一篇あたり見開き2ページ程度に収まっているので気軽に読みやすい。
        澁澤龍彦らしい豊富な知識と共に、彼自身の体験や雑感、考察などを織り交ぜた味わい深い本だと思う。
        さらっとした語り口の中に興味深い話が盛り込まれていて、つい引き込まれてしまった。

        澁澤龍彦というと、個人的にはサドを始めとする翻訳や西洋の芸術・文化に関する珍奇な知識、倒錯したエロティシズムを扱った著作などが思い浮かぶが、それらのものに比して間口が広い内容だと思った。
        といっても、澁澤龍彦らしい趣味は健在で、「クロッカスの花もさるものながら、私はこの膨らんだ部分にたいへん愛着を覚える」とか、「サド文学は四季をわかず菊の花が満開なのである」などと言う。

        花ごとに図版がフルカラーで3点ずつ収録されており、その美麗さも見ものだ。
        魅力的な図版を見るにつけ、ハードカバー(残念ながら絶版の模様)で持つべき本なのだろうなと感じる。
        もっとも、本書の読み物としての妙味を考えれば気軽にパラパラとページを繰ることができる文庫版にも、文庫版だからこその良さがあると思う。

        などと言いつつ、中古のハードカバーを買い求めようかと思案中だ。
        他にも欲しい本があるので中々悩ましい。
        >> 続きを読む

        2018/01/17 by solnian

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      鼻行類 新しく発見された哺乳類の構造と生活

      日高敏隆 , StümpkeHarald , 羽田節子1999/05

      4.0
      いいね!
      • たまには意外性の有る本を読もう♪みたいな話をランチでしていたら、意外性の塊のような同僚が貸してくれた本です。

        最初は「意外性とは言ったけど、こんな学術書を貸すかなぁ・・・」と不満タラタラでしたが、さすがはあの子!!やっぱりタダモノじゃないわ!!

        良く見れば表紙を見るだけで気付くのでネタバレじゃないと思うのですが、こんな生き物いないんです!!(笑)
        それを、解剖図まで用意してすっごくマジメに語っているんです。

        面白かったのは、読み進める内に、本当に地球のどこかで鼻行類は生きているんじゃないかという気になって来るところ。
        思惑通りの読者になってしまった気もしますが、読後感はサイコーでした☆

        いつも読む本は偏りが有るので、たまには冒険してみるのも良いかなぁって思いました☆
        しかし、あの子・・・
        >> 続きを読む

        2012/09/25 by sayaka

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      四書五経入門 中国思想の形成と展開

      竹内照夫2000/01

      カテゴリー:経書
      4.0
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      •  四書五経の全体像を俯瞰できるところが良かった。『論語』ばかりが取り上げられることが多いが、それぞれ役割をもっており、全体で一つということがよく分かる。そもそも『大学』『中庸』は『礼記』の一篇だったことからもそれが分かる。

         四書五経が日本、中国の思想史に与えた影響の章はなかなかの読み応えがあり、これだけで十分一冊の本にできるぐらいの内容があった。日中共にかなりの影響を受けているが、日本においては既に日本的な考え方がほぼ固まっているところに、朱子学、陽明学として四書五経の考え方が入ってきたこともあって、相当の影響は受けているものの、上手く受け流している印象がある。一方で中国は染まっているといっても過言ではない。殷、周のころから儒者が普及に努め、隋で科挙となり、それが清まで続いたのだから染まっていないはずがない。また、四書五経が絶対視されそれ以外の考え方を拒絶する態度が近代化を遅らせたという指摘は、日本の明治維新と対比させてみるとそれなりの説得力がある。

         四書五経をどう読むか。それは成立についてのかなり面倒な状況を見れば明らか。散逸、紛失、焚書を経て記憶を元に再編集され、『論語』の朱註のように註釈が重要視され、その註釈に註釈が付くような状況。さらにその註釈もあらゆる文に解説を付け意味をもたせてしまっている厄介さを併せ持っている。そして科挙に組み込まれるに至り為政者の思惑も入り込んでいるであろう。そのため現在読むことのできるこれら文献は書いた本人の意図をどれだけ伝えているか定かではない。元の文が失われている以上は目の前にある文を読むしかない。四書五経をどう読むか。まずは感じたままを受け入れるのがいいだろう。どうしても分からなければ註釈を読むのもいいが、そういう考え方もある、という程度に留めておくべきだろう。
        >> 続きを読む

        2018/05/20 by 夏白狐舞

    • 2人が本棚登録しています
      浮上せよと活字は言う

      橋本治2002/06

      3.0
      いいね!
      • 活字離れって自分にはあてはまらないと思ってたんだが、なんか違うのかなと思わされた。でも本読むの好きだし活字は嫌いじゃない。活字の無い生活は寂しい。だから今日も本を読む。 >> 続きを読む

        2013/06/15 by freaks004

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      マクルーハン理論 電子メディアの可能性

      McLuhanHerbert Marshall , 後藤和彦 , CarpenterEdmund Snow , 大前正臣2003/03

      カテゴリー:社会学
      4.0
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      •  電子メディアの登場でメディアやコミュニケーション、教育がどのように変化してくかを考察している。旧来のメディアには無いインタラクティブ性やリアリティ、拡散性によりコミュニケーションのあり方が変わりつつあることを旧来のメディアとの対比で示し、新たな時代の到来を告げている。さて、ここで議論されている電子メディアはテレビやラジオでありインターネットではない。しかしインターネットとテレビの関係に当てはめても違和感がなく、まるで現在のメディアを考察しているように感じた。本質を見抜いた考察だからこそ時代を超えても訴えかけてくるものがある。 >> 続きを読む

        2016/11/05 by 夏白狐舞

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      中・高校生のための狂言入門

      山本東次郎 4世 , 近藤ようこ2005/02

      カテゴリー:能楽、狂言
      5.0
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      • 狂言というと、古典芸能の中でも比較的わかりやすく、滑稽で親しみやすい印象がある。
        能・狂言と並び称されるように、能と組み合わせて演じられることも多く、重厚な能の間の「息抜き」のようなイメージもある。
        「軽い」「おもしろおかしい」「添え物の」「笑劇」。
        だが、本当にそうした理解でよいのだろうか。
        本書は、中世を舞台とした作品を多く描き、古典芸能にも造詣が深い漫画家・近藤ようこが聞き手となって、大蔵流狂言方の四世・山本東次郎に、狂言の歴史や背景、込められた意味を聞く、対談形式の入門書である。
        中高生向きとされているように、語り口は平易だが、非常に奥深い世界が感じられる。

        能も狂言も、おそらくは、民衆の中に自然に興ってきた猿楽を起源とする。
        足利時代に大和四座(結崎(観世)座、外山(宝生)座、円満井(金春)座、坂戸(金剛)座)が公的に認められた座組となり、能は高貴な人々にも鑑賞される芸能として発展していく。この際、ある意味、「都会的」な芸能へと能が洗練されていく一方で、リアルでコミカルな味付けも必要とされたのだろう。狂言役者は、こうした役割に適任だった。だが能が主体の公演では端役に過ぎないため、狂言方は満足が得られない。そうした経緯で、能の合間に狂言を挟み、抱き合わせで演じられるようになっていったようである。少々異質で、互いの領分を脅かさない2つの芸能にとって、それが収まりのよい形だったということになる。

        身体の使い方、面の話、舞台の距離感、シンプルな台詞の奥にある意味、能における狂言方の役割、昔と今の照明の相違など、さまざま興味深い話があるが、最も印象的だったのはフィクション=虚構のお話に対する狂言の姿勢である。
        古来、仏教ではきらきらしく飾った言説を戒めていたという。これに対し、白楽天は、フィクションによって人のあるべき姿を描き、我が身を顧みる手立てとするならば、創作も悪いことではないとした。この際、「狂言綺語」という言葉を使う。
        狂言はこの精神に則ったものであるという。
        やたらと暴力的であったり、センセーショナルであったり、感情に訴えすぎるような題材は狂言では扱わない。現代ならば「ツッコミがあまい」といわれるような話も多いが、元来、目するところは「中庸」なのだ。
        妻が夫に裏切られても、妻は鬼と化して祟ったりしない。
        主人にねちねち叱られても、太郎冠者が激怒して主人を惨殺したりしない。
        生きていくのがつらくて「死にたい」と思っても、主役が本当に自殺したりはしない。
        血しぶきが飛び散る凄惨な場面や、おどろおどろしい怨念は存在しないのだ。
        過激なフィクションで手に汗を握るとき、人は実は「野次馬」になる。殺されてしまったり、自殺してしまったり、絶対的な破滅に陥る創作を鑑賞する際、観客は、それを自分の身に起こることと考えるより、第三者的な目から、ある意味、「楽しんで」いるわけである。
        仏教が戒めたフィクションはおそらくこうした形のものなのではないかと東次郎は語る。

        世の中、善人や賢人ばかりではない。人間などしょうもないものだ。
        狂言はそれを描く。
        しかしそれを「事件」にはしない。ぎりぎりのところで正気に戻る「ヤジロベエ」の感覚がそこにはある。
        観客をいたずらにはらはらさせず、驚かせない。身分の高い低いに関わらず、人間て困ったものですね、でもまぁそんなもんですよね、ははは、と共に笑う。笑うことで少し心が軽くなる。そして出来うることならば、少しずつよい「自分」を目指していきましょうかね、という影の意味もそっと忍ばせる。
        大抵の人は腹が立ってもいきなり「事件」にはしない。何とか和やかに丸く収めて明日もやっていく。そんな「当たり前」は、ときにつまらなく見えても、実は尊い。
        人の日常を言祝ぐのが狂言なのかもしれない。

        いささか別格なのが、能の「翁」の一部として演じられる「三番三」(一般には三番叟と書くが、大蔵流では三番三の文字を当てる)である。これは儀式であり、型や秘伝が大切に継承されている。神に捧げる太古の人々の祈りが伝わるようで、非常に興味深い。

        現在演じられる狂言の演目は二百番という。軽いものからいささか重厚なものまで多岐に渡る。
        加えて、能の中で狂言方が登場する演目がやはり二百番ほど。
        機会があれば多くの演目に触れていきたいと思う。
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        2016/05/25 by ぽんきち

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