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村上春樹 , シェル・シルヴァスタイン (2010/09)
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--その木は ひとりの少年の ことが だいすきでした。-- 年末、子どもにプレゼントする絵本を探した本屋さんで再会した一冊です。 小さい頃とても好きだった絵本。 今は村上春樹の訳で評判になってるんですね。 絵が、懐かしく嬉しい。 老いた少年が切り株に腰をおろす最後のシーン。心から素晴らしいと感じます。 何もかもを木から持って行ってしまう我が儘な少年、 何もかもを少年に与えてしまう過保護な木、 でも、そんな二人だからこそ、木は切り株になれて、少年は人生に疲れて帰ってきて、最後を共にできる結末。 もし木が少年を厳しくたしなめて何も渡さなかったら、少年が腰を下ろす切り株はできていませんし、何より、人生に挫折した少年が最後に帰ってくる場所にならなかったと思います。 もし少年がお利口さんで優しい性格だったら木は綺麗な大樹のままですが、そんな良い子なら、人生も上手に渡り歩き、孤独と挫折の最後に至ってないように思います。 少年が木から何もかもを強欲に持って行ったのは勿論「望ましく」ないのだと思います。少年に何もかもを無批判に与えた木も、「望ましく」ないのだと思います。 それでも、そんな二つのマイナスのかけ算だからこそ辿り得た一つの幸せの形。 望ましくは無かったかもしれないけれど、間違っては無かったんだ、という嬉しさ。 とても素敵なハッピーエンドと感じます。 親になり、子どもにどう接するかを思う日々の中で、この作品もまた深く参考になります。 何歳になっても、ゆっくり子どもの話を聴いてあげられる親でありたいと、改めて感じました。 >> 続きを読む
2018/01/06 by フッフール
RoddaEmily , 佐竹美保 , さくまゆみこ (2000/08)
すごく面白かったです!人の、強いとか弱いって、見た目とか、目に見えるものとかじゃないし、比べるものでもないんだなって思いました。ローワンは、臆病者で弱々しいと言われているけれど、バクシャーたちのために頑張ろうって思って行動していくのが、カッコよかったです。お気に入りの本になりました! >> 続きを読む
2015/08/27 by niko
RumfordJames , 千葉茂樹 (2013/04)
グーテンベルクと言えば、活版印刷。その印刷を構成するものが、一つずつ、わかりやく絵で書かれているので、なるほどという納得感が、とても大きい。印刷というしかけができたおかげで、今の時代があるのだと思うし、それがなかったら、いったいどうなっていただろうと、想像すらできないくらいだ。最初は文字を、一つずつ組んで・・・から、今は、どんな技術なんだろうか。デジタル処理から、印刷できるまで、凄いスピードなんだろうっと思う。 >> 続きを読む
2016/09/21 by けんとまん
BackFrédéric , ジャン・ジオノ , 寺岡襄 (1989/12)
これは本当に名作。これほど感動する作品は、絵本のみならず、他のジャンルの文学などを含めて考えても、めったにない。1913年、旅をしていた若者は、たまたまフランスのヴァントゥー山脈の奥の、荒涼とした地で、ひとりの羊飼いに出遇う。その羊飼い・エルゼアール・ブフィエは、たった一人で、どんぐりを十万個、地面をそのつど深く掘って埋めていた。このうち二万本は芽が出、そのうち一万本は途中でだめになるだろうけれど、一万は育つだろうと語り、黙々と植え続けていた。若者は、その後、第一次世界大戦に出征し、人々が破壊にばかり狂奔する姿をいやというほど見た後、戦争が終わって、ふとあの地はどうなったろうかと思って行くと、なんと多くのカシワの若木が育っていた。年を経るごとに、どんどん緑は豊かになり、枯れ果てていた井戸は満々と水を湛えるようになり、ほとんど廃墟だった村は復興され、新しく多くの人がやってくるようになった。誰もエルゼアール・ブフィエの功績を知らず、彼もまた誰にも自分からは語らず、ただ黙々とさらに樹を植え、育てるばかりだった。やがて第二次大戦がやってくるが、ブフィエは木を植え続け、林は木炭をとるために伐採されたりもするが、それでもなんとか生き残り、また戦後はさらに豊かな土地になっていく…。しかし、その背後には、どれほどの苦労と試行錯誤と失意や挫折があったか。人知れず、信念を持って、木を植え続けたエルゼアール・ブフィエの生涯とその姿には、ただただ感動。多くの人にぜひ読んでもらいたいし、また、本当の偉大さとは何なのか、教えてくれる、すばらしい絵本だと思う。 >> 続きを読む
2012/12/21 by atsushi
FritzJean , 阿川尚之 , 冨永星 , De PaolaTomie (2002/04)
子供むけに書かれた本なのだけれど、とても面白かった。 独立戦争後、十三の「邦」(state)をひとつの国にどうまとめるか。 そのために、四か月も夏の暑い盛りを挟んで延々と激しく、深刻な、深い議論をした55人(からだんだん人数は減って42人になったが)の人々の様子が、ユーモラスに、生き生きと描かれていた。 会議が難航すると、議長のワシントンは、独立戦争の時の最も苦しい戦場と同じ厳しい表情でただ黙っていたらしい。 一方、マディソンは、終始しゃべり続け、他の発言のメモを取り続け、憲法制定のために八面六臂の活躍をしたようである。 フランクリンが馬車だと体が痛むと言って駕籠に乗ってやってきたというエピソードと、つまらない発言者の発言の時はすやすやと眠っていたというエピソードと、 そして、憲法ができあがった時に、この憲法は不完全だが、私も不完全な人間であり、ここにいる誰がもが不完全な人間です、どうかこの憲法を無駄にせず、我々のここでなされた議論を無駄にしないようにお願いしたい、という感動的な(?)演説をしたというエピソードが、なんだかとても心惹かれて、面白かった。 憲法ができあがった時の、フィラデルフィアのお祭りの様子も興味深かった。 さまざまな反対意見や困難を調整して、無事に議論によって憲法をつくり、建国に持っていったという点で、アメリカ建国の父たちの力量というのは、本当にたいしたものだと思う。 「建国」と言った時に、おそらく、日本のような自然発生的な国とはぜんぜん違う、制度への工夫や人間の人為的な努力へのイメージが、こういう本を小さいころから読んで育つアメリカ人にはおそらく強くあるのだろうなあと感じた。 アメリカのような人工国家がいいのか、日本のような長い歴史を持つ国がいいのか、というのは、一概には言えない話で、べつにその点ではアメリカをうらやましがる必要はさらさらないのだけれど、 ただ、「建国」という起点が明確で、人間の人為と創意工夫の歴史的イメージがはっきりし、政治への作為や努力の契機が国家の物語の中にビルトインされているという点では、どうしてもアメリカの方が日本よりも政治やデモクラシーには自覚的になりやすいような気はする。 日本は日本の歴史で良いと思うけれど、時にはアメリカの建国の父たちの物語を参照にして、国制への自覚的な態度というものを養ったりするのも良いのかもしれない。 日本も、伊藤博文らはかなりそうした意識はあったとは思うのだけれど、なかなか今もって、必ずしも日本人一般が、国制や憲法について自覚的な高い意識を持っているとは言えないのではないかと思える。 日本の子どもや大人こそ、読んでみたら面白いのではないかと思う一冊である。 >> 続きを読む
2012/12/22 by atsushi
三逵真智子 , ChagallMarc , RaboffErnest Lloyd (1995/04)
子ども向けに、シャガールのいくつかの名作の絵を解説してあり、なかなか良かった。シャガールの以下の言葉が、心に響く。「だんだん年をとってくると、いろんなことを、はっきり見分けられるようになってきた。僕たちの人生で、何が正しくて、何が正しくないか。心のこもっていないもの、血のかよわないもの、愛情がそそがれていないものが、どんなにつまらないか。」「もしも、愛という言葉を、皆がてれずに言えたら、人生においても、芸術においても、何もかも変えることができるだろう。愛の中にこそ、真実の芸術が息づいているのだから。」 >> 続きを読む
2013/06/07 by atsushi
LesterJulius , BrownRod , 片岡しのぶ (1999/02)
圧倒的な迫力のある絵と、深い文章によって、深く心に響く一冊となっていた。奴隷船の悲惨さ。途中の海で投げ捨てられた多くの人々。単なる商品として、労働力として、ひどい扱いを受け続けた、多くの奴隷にさせられた人々。そのような立場に、もし自分がなったとしたら、どれほどの悲しみや嘆きや怒りがあるだろうか。ただ、この絵本を読んでいて思ったのは、それほどの苦しみの中でも、しっかりと生き抜いた人々がいたからこそ、今もアメリカに多くのアフリカ系の人々がいるということなのだろう。「気高さには無数の顔がある。」とこの絵本で語られるが、フレデリック・ダグラスのようなリーダーも、ほとんど歴史に名が残ることもなく、ただ黙々と耐えた人々も、それぞれに、本当によくぞ耐えて生きた人々だったと思う。あと、この絵本に書いてあって、はじめて知ったのだけれど、逃亡した奴隷の中には、インディアンの住む土地に逃げ、そこでインディアンの人々にかくまわれた人々もいたそうである。中には、インディアンと一緒に、さらに多くの奴隷を逃がすために引き返してきた人々もいたそうだ。また、何もかも剥奪されている生活の中で、自分たちの物語を語り継ぎ、歌をうたいついだ人々の姿には、本当に胸を打たれる。白人たちの暴力と残酷さにはただただ唖然とするほかないが、すべての白人がひどかったわけではなく、中には命がけで黒人奴隷の逃亡を助け、奴隷制廃止のために尽くす白人もいたことも、きちんとこの絵本は描いている。奴隷を助けることを禁じる法律までのちにできたことを考えると、それでも命がけで黒人奴隷の解放のために尽くしたアボリショニストの人々の勇気は、本当にすごかったと思う。自分が同じ立場だったとして、同じ事ができたろうか。南北戦争では、多くの黒人が、北軍の兵士となって戦った。リンカーンだけが自由を与えたのではなく、黒人たちが、自らのために、また国家のために、なしたことを忘れてはならないのだろう。「自由は与えたり、与えられているするものではない。だれかが戸の鍵をはずすことはできる。戸を少し開けることもできる。だが、そこを歩いて出るのは本人だ。」というこの本のメッセージは、本当にそのとおりと思う。「自由。自分と自分の生き方に責任を持つこと。自由。自分を所有すること。自由。自分が自分の主であること。自由。それは責任をともなうひとつの約束ごとだ。それをどう守っていくかのか、われわれは今なお学び続けている。」ラストで語られるこのメッセージは、本当に考えさせられる。おそらく、奴隷制を考えることは、自由とは何かを考えることでもあるのだろう。そして、人間とは何か、人間の権利とは何かを考え、学ぶことでもある。多くの人に、ぜひ一度は読んで欲しい一冊。(この本の姉妹版である、同じ著者のジュリアス・レスターの『奴隷とは』(岩波新書)のレビューも以下に書く。というのは、なぜか読書ログではこの本がリストにないからである。)この本には、膨大な文献から、南北戦争以前のアメリカの奴隷制度を体験した人々の、さまざまな体験談や証言がまとめられている。奴隷制がいかに、想像を絶するものだったか。この本におさめられている生のさまざまな証言にまさる証拠はない。鞭と暴力と、搾取と、欺瞞と。アメリカが自由と平等の国だなんていうのは、奴隷制の時代には全くもって欺瞞そのものだったと思わざるを得ない。この本では、人間を奴隷化するためには、二つの方法があり、ひとつは暴力による恐怖で、もうひとつは洗脳することだということが指摘される。そして、実際、アメリカの黒人奴隷制においては、その両方が巧妙に使われていた。にもかかわらず、黒人奴隷たちは、それらに耐えて、人間であり続けた。鞭や暴力に耐えて、絶望せずに生き続けた。キリスト教の教会において、欺瞞に満ちた説教を聞かされ、主人に忠実であることが神に仕えると教えられても、それらの説教を換骨奪胎して、旧約聖書のイスラエルの人々に自らを投影したり、宗教をかえって自分たちの心のよりどころとしてとらえなおしていった。奴隷制のもとで、いかに黒人の人々が人間の声をあげ、さまざまな形の抵抗を編み出したかもこの本には詳細に語られている。サボタージュや逃走、音楽やダンス。時には真っ向からの主人への言葉による抗議。あるいは諷刺や、歌を通じた皮肉。土曜日の夜は踊り明かして、人間としての喜びをなんとか確保すること。過酷な条件のもとで、もちろん多くの絶望や自殺もあったが、それでもなおかつ多くの黒人の人々が耐えて生きのびたことは本当に驚嘆に値すると思う。「奴隷であるとは、人間性が拒まれている条件のもとで、人間であるということだ。かれらは、奴隷ではなかった。かれらは、人間であった。彼らの条件が、奴隷制度であったのだ。」(17頁)というこの本の中の言葉は、簡潔に本質を指摘した言葉だと思う。また、この本には、リンカーンによる奴隷解放令を知った時の黒人の人々の喜びの証言もたくさん集められている。と同時に、現実には何も生きていくための手段も財産も与えられず、一文なしで放り出された元奴隷の人々は、多くが再び奴隷の時とあまり変わらない農業労働者の立場での酷使と搾取に甘んじざるを得なかったことも語られる。南部では、リンカーンの死後、急速にかつての南部の支配層が復権し、事実上の差別と「隔離」のための法律がつくられ、そのうえKKKが暴力と恐怖で黒人を支配しようとした。制度としての奴隷制の廃止のあとも、黒人の本当の自由への道は、険しいものだった。単なる形式的な自由だけでなく、自由の実質こそが大切なことが、黒人の奴隷解放前後の歴史を見ても、あらためて考えさせられた。また、この本を読んでいて、あらためて驚いたのは、南部においても奴隷を所有していた白人は、白人人口の四分の一に過ぎなかったということである。つまり、南部の白人の四分の三は奴隷を所有しておらず、奴隷制からは直接的な恩恵は受けていない人々だった。また、奴隷所有者も大半はほんのわずかな奴隷を所有しているだけで、百人以上の奴隷を所有する人は南部全体でわずか三百人ぐらいだったという。つまり、「風と共に去りぬ」に出てくるような、あたかも貴族のような豪華な暮しをしている南部の大地主というのは、ほんの一握りの存在だった。にもかかわらず、彼らが政治的な実権を握っていたために、南部全体が戦争に巻き込まれた。それは、この本にはそのことはあまり語られないけれど、黒人のみならず貧しい白人にとっても、本当は不幸な出来事だったと思われる。そしてまた、この本では、奴隷制度のもとでは、多くの奴隷所有者が、奴隷の反乱を恐れ、不安や恐怖を抱いていたことも指摘している。奴隷制というのは、結局、人を不幸にするシステムだったのだろう。この本は、奴隷制がいかにひどいものだったかということと、そのような制度のもとでも耐えて生き続け、人間であり続けた人々がいたことの、貴重な記録と思う。「今は名前を知られることのないひとびと。わたしは、かれらを知ることがなかったが、かれらの子孫のひとりであることを誇りとしている。かれらの生涯、その力強さ、その勇気に値するようになれることを、わたしは念願としている。」という冒頭の著者の言葉は、読み終えたあとにもう一度読み直すと、本当に魂に響く。多くの人に読んで欲しい、古典の一つに数えられるべき一冊と思う。過去を忘れずにいることが、なんらかの歴史に対して後世の私たちができる最大のことだとしたら、まずはこの本などを読んで、過去の声に耳を傾けることから、何かが始まるのだと思う。 >> 続きを読む
2013/02/24 by atsushi
伊東寛 , HeineHelme (2000/07)
これは、なかなかすごい絵本だった。たしかに、人生はだんだんと増えていき、そして減っていき、差し引きゼロになるようにできているのかもしれない。それが成長と老いということなのだろう。不増不減ってこういうことなのかなと思った。 >> 続きを読む
2013/06/08 by atsushi
RayMary Lyn , 掛川恭子 , CooneyBarbara (2000/09)
「風は見ている。誰を信用できるか、ちゃんと知っている。」 風から学んだ言葉、風に選ばれた人になること。 本当の誇りというのは、世間の口さがない人々がどう言うかと関係なく、しっかり生きて、すばらしい仕事を成し遂げるところにある。 そんなことを教えてくれる、良い絵本だった。 この絵本に出てくる、アメリカの古民芸の精緻なあみかごを、いつか実物を見てみたい。 >> 続きを読む
千葉茂樹 , PolaccoPatricia (2001/05)
南北戦争の頃にあった実話を元にした絵本。主人公の白人の十五才の少年・シェルダンは、北軍の兵士となって戦場へ行くが、そこでひざを鉄砲で撃たれ、身動きがとれなくなり、部隊に取り残されてしまう。そこを、たまたま通りがかった、同じく北軍の兵士で、部隊からはぐれてしまっていた黒人の少年・ピンクス・エイリーが見つけて、シェルダンを抱えて何日も歩き、自分の家まで連れて行く。ピンクスの家では、ピンクスの母が、シェルダンのケガの手当を優しくしてくれた。シェルダンは、徐々に回復するが、もう戦場に行くのは嫌だと思う。しかし、ピンクスは、それでも自分は戦場へ戻るという。シェルダンがどうしてそこまでと尋ねると、「おれの戦争だからだよ、セイ。お前の戦争でもある。そうだろ?おれたちが戦わなければ、だれが戦うっていうんだ」とピンクスは答える。この国の病気である奴隷制を終らせるためには、自分たちが戦わなければならないと。やがて、シェルダンは完全に回復し、二人で戦場に戻ろうと考えている矢先に、南軍の兵士たちがやってきて、間一髪でシェルダンとピンクスは地下室にかくれるが、ピンクスのお母さんは南軍の兵士に撃ち殺されてしまう。二人は、嘆き悲しみ、出発して北軍に合流しようとするが、途中で南軍に見つかって、捕虜になり、シェルダンはピンクスと引き離され、アンダーソンビル収容所に入れられる。そこは、多くの北軍の兵士がろくに食べ物も与えられず、多くが餓死で死んでいった収容所だった。シェルダンは、南北戦争が終わり、ガリガリに痩せていたが、なんとか生きて帰ることができた。しかし、ピンクスは、後から聞いた話では、引き離されてすぐに絞首刑になっていた、とのことだった。シェルダンは、もう誰も他に覚えていないピンクス・エイリーを、自分だけは覚えていなければと思い、ピンクスとの思い出と、握手した時のことを、自分の子どもや孫に語り継ぎ、その子どもや孫はさらにその子へと語り継ぎ、ひ孫の子がこの作者だという。歴史や、その中での勇気や思いは、本当に語り継ぐことこそが大切なのだろう。とても胸を打たれる絵本だった。多くの人に読んで欲しい。 >> 続きを読む
FalconerIan , 谷川俊太郎 (2001/11)
モノトーンに差し色の赤。シンプルだけど凄い画に力がある。作者は雑誌ニューヨーカーの表紙を手掛け、ニューヨーク・シティ・バレエ団やオペラの芸術監督も務めるイアン・ファルコナー氏。ストーリーも秀逸。5,6歳の女の子のコブタが主人公。とてもユーモアあふれるキュートなオリビア。終盤の「なんてったって…」の母親の台詞も素晴らしい。親だったら誰もが共感してしまう力強い絵本です。 >> 続きを読む
2015/02/17 by ybook
レオ・レオニ , 谷川俊太郎 (2002/08)
ねずみたちが暮らしている場所にある、大きな壁。その壁の向こうにあるのが何なのか、誰も知らない。誰も壁の向こうに行くことを試みようともしない。そんな中、主人公のティリーだけは、壁の向こうにいろんな想像をふくらます。ティリーだけは、あきらめず、いろんな方法を試し続ける。ついに地面を掘り進んで、壁の向こう側に出て、他のねずみたちと出会う。レオ・レオニの描く絵がとてもかわいい。と同時に、極めてシンプルな話なのに、妙に実感がこもってて、胸を打つと思って、よく見てみたら、この原作が最初に出版されたのは1989年、ベルリンの壁が崩れた年だった。きっと、レオ・レオニも、そうした感慨や思いをこめてこの一冊を書いたのだろう。いつの世にも、それなりに、なんらかの「壁」があるのかもしれない。その時に、このティリーのように、あきらめず、壁の向こうに思いをめぐらし、何度でもチャレンジしていくことが、新たな世界を切り開くきっかけになるのかもしれない。 >> 続きを読む
2013/01/24 by atsushi
村上春樹 , クリス・ヴァン・オールズバーグ (2003/11)
この絵本を読んで、不思議な気持ちになった。 というのは、どこかでこの絵本を読んだことがかつてあった気がするからである。 読んだことはないはずなのだが、どこかで確かに読んだことがある気がする。 なんとも不思議な気持ちになる。 この絵本の最後に出てくる鈴の音、大切にしたいものだ。 >> 続きを読む
2012/12/27 by atsushi
佐竹美保 , カイ・マイヤー , とおやまあきこ (2003/07)
人魚や石で出来た翼のあるライオンなどが普通に存在する架空19世紀末。14歳の少女・メルレは魔法を使うとされる鏡職人のもとに弟子入りする。メルレはお祭の夜、裏取引されそうになっていた水の女王を助け、行動をともにすることになるが――。図書館で借りてきました。3部作の第1巻ということもあって、正直序章でしかないです。登場人物の名前が非常に覚えにくくて、難儀しそうです。メルレ、ジュニパ、アーチンボルト、ウンケ、ゼラフィン。そして極めつけはフェルミトラクス。間違えて覚えてしまいそうです(^^;ダークファンタジーと銘打たれていますが、まだそこまでダークな印象は受けませんでした。ただ、メルレと同じく弟子入りした盲目の少女・ジュニパの両目にはめ込まれた鏡は想像すると普通に怖いです。それで視力を得られても私は遠慮したいです。【http://futekikansou.blog.shinobi.jp/Entry/1450/】に感想をアップしています。 >> 続きを読む
2013/11/03 by hrg_knm
佐竹美保 , カイ・マイヤー , とおやまあきこ (2003/12)
故郷を救うため、黒曜石の空飛ぶライオンにまたがり<光の王>に助力を求めに向かったメルレだったが……。図書館で借りてきました。3部作の2作目です。見事に章タイトルに騙されました(笑)タイトルに「最期」ってあると死ぬものだと思ってしまいます。地獄云々の話が登場するんですが、ドイツの方が書かれた作品ということもあり、そこではやはり宗教感の違いというものを感じましたが違和感があったのはそれくらいで問題なく読めました。いったいどういう終わり方をするのか3巻が気になります。【http://futekikansou.blog.shinobi.jp/Entry/1494/】に感想をアップしています。 >> 続きを読む
2013/12/15 by hrg_knm
佐竹美保 , カイ・マイヤー , とおやまあきこ (2004/06)
故郷ヴェネチアを救うため旅に出たメルレだったが、自体はそんな簡単なことでは済まなくなって……。すべての謎が明らかになる完結巻。図書館で借りてきました。アマゾンやブクログでの評価が比較的高めだったのでちょっと期待していたんですが、思っていたよりかなり面白くなくてがっかり。同作者さんの別シリーズを読んだときも評価が低かったので私にはこの作者さんの作品は全体的に合わないということがわかりました。空飛ぶライオン、『夏』を探し続ける『冬』、鏡の向こうにあるもう1つの世界など、1つ1つの設定はおもしろいだけに非常にもったいない気がしました。【http://futekikansou.blog.shinobi.jp/Entry/1515/】に感想をアップしています。 >> 続きを読む
2014/01/04 by hrg_knm
千葉茂樹 , SchotterRoni (2004/11)
1850年頃のアメリカが舞台の、児童文学の作品で、いわゆる「地下鉄道」を描いている。「地下鉄道」とは、南部の奴隷州から逃亡する黒人奴隷を、安全に北部の自由州やカナダまで案内し、逃走を手助けする地下組織である。この作品は、アマンダという十歳の女の子が主人公で、そのお父さんが地下鉄道の一員で、ある日、黒人の家族を家にかくまう。その黒人の家族には、同い年のハンナという女の子がいて、二人はすぐに友達になる。ほとんど一日の間しか、結局その黒人の家族はその家にいることができなかったのだけれど、二人は深い友情の絆を結ぶ。当時は、逃亡奴隷法という法律があり、逃亡する黒人奴隷をかくまったりその逃走を手伝うと、禁固六カ月あるいは千ドルの罰金などが課された。一方、黒人奴隷を捕まえれば、報奨金が出された。そのような中で、損得を顧みず、危険をおかしてまで逃亡する黒人を助けた人々は、本当に立派だったと思う。この作品では、アマンダの家族には以前、アマンダの下に亡くなった弟と妹がいて、そのお墓も大きな敷地の中にあることが語られる。あまりそのことについて多くは作中では語られないけれど、おそらくは、アマンダの両親やアマンダ自身にとって、ハンナたちを助けることは、人生の悲しみや苦しみを自分たち自身が乗り越え、人生に意味を見出すための出来事だったのかもしれない。誰かの自由のために尽くすことで、人は自らの自由の意味についても知ることができるのかもしれない。アマンダは、ハンナがかつて逃げる前は字を学ぶことも禁じられ、本を手にとっただけで鞭打たれたことを聞いてショックを受ける。そして、限られた時間に、ほんの数文字だけ、アルファベットを教える。それまで考えたこともなかった、自分の自由や文字を知っていることのありがたさを、アマンダはハンナによって教えられた。誰かを助けることは、実は自分が大きなものを受け取ることなのかもしれない。とてもわかりやすく当時の雰囲気や出来事を描いてあり、良い作品だった。 >> 続きを読む
2013/03/14 by atsushi
LesterJulius , 金利光 (2006/07)
南北戦争が起る少し前の頃。ある南部の大農場の主人が、トランプの賭け事で借金を山のようにつくってしまい、その返済のために一挙に四百人以上の奴隷を売却することになった。その時の、実際にあった出来事を元に描かれた作品である。登場人物の何人かは実在の人間。フィクションの登場人物もいるが、それらの人間像や物語は、当時のさまざまな記録を元に再構成されたものだそうだ。ジュリアス・レスターは、『奴隷とは』や『あなたがもし奴隷だったら』などの、アメリカの奴隷制についての本をいくつも書いている歴史家でもあり、この作品は文学作品だけれど、どの登場人物にも深い人間像と背景が描きこまれていて、とてもリアルだった。写真や単なる歴史記録からは伝わらない、当時の人間の生の心の動きや叫びや悲しみが伝わってくる気がした。と同時に、この作品には、「地下鉄道」のヘンリーや、主人公のエマと深い心の結びつきを持った主人の娘のサラなど、立派な白人も出てくる。それらの人々の存在や、主人公たちとそれらの人々との絆は、この作品を単に暗いだけではない、深い感動を与える作品にしている。また、読んでいて、黒人奴隷でありながら奴隷制を支持してありがたがるサンプソンは、本当に気の毒な気がした。この作品では、サンプソンの背景や思いについてもきちんと描かれている。ある意味、最も気の毒な、奴隷制の被害者の一人なのかもしれない。だが、サンプソンのような人々が、奴隷制を黒人の側から支える要因だったのも事実なのだろう。ファニー・ケンブルが、のちに述べる、「でもそんなみじめな気持ちになったのは、実現できなかったことばかり考えていたからなんですね。ごくささいなことが、人の心に大きな影響を与えられることに気づいていなかったんです。相手がだれであれ、ごくあたりまえの尊敬とその人を尊重する気持ち、自分もだれかにそうしてほしいと思う、そうした尊敬と尊重の気持ちで接するだけで、人はエマみたいにわたしを心の優しい人だと思ってくれるんですね。とっても簡単なことなのに、それができる人はほんとに少ないように思えます。」(210頁)というセリフには、本当に胸がいっぱいになって、思わず涙が出てきた。また、エマの、「この世でいちばん大切なのは優しい心を持つことだよ。だれかが苦しんでいるのを見て、もしおまえの心が痛んだら、それはね、おまえが優しい心を持っているってことなんだよ。」(216頁)というセリフも、この作品のさまざまな物語を踏まえて読む時に、涙なしには読めなかった。本当に、ぜひ一度は読んで欲しい、すばらしい文学作品だったと思う。「歴史とはいつ、どこでなにがおこったかを説明するだけのものではありません。そこには歴史に翻弄され、わたしたちがぼんやりとしか知らない過酷な運命を生きざるをえなかった人々の心の軌跡もまた含まれるべきでしょう。わたしにとってこの本は、みずからの物語を語りえなかった人々の無念を晴らそうとする、もう一つのこころみなのです。」(著者あとがき) >> 続きを読む
2013/03/19 by atsushi
TrumbullRobert , 吉井知代子 (2010/07)
二重被爆という言葉を始めて知った。確かに、あり得る話だし、実際にあったことだ。丹念に、淡々と書かれているので、かえってその状況が真実に近くなっている。最後の言葉が、一番印象的だ。 >> 続きを読む
2015/07/10 by けんとまん
池田真紀子 , NessPatrick , DowdSiobhan (2011/11)
この本を学校の図書室で借りました。小中一貫校だったので小学6年生の時に初めてこの本を見かけました。最初、読もうか悩みましたが少し読んでみて字が多く読むのが大変だと思い借りませんでした。それから2年達、中高一貫校に通い学校の図書室でこの本を見た時読んで見ようと思い借りました。『怖い内容の本なのかな?』と思っていましたが読んでいくうちにそう思わなくなり、『とても、悲しく感動できる本だな。』と思いました。中学生には、オススメの本だと私は思いました。 >> 続きを読む
2016/06/27 by MANA
【(株)あすなろ書房】(アスナロシヨボウ) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト(出版社,発行所)
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