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(有)論創社 (ロンソウシヤ)

企業情報
企業名:論創社
ろんそうしや
ロンソウシヤ
コード:8460
      ボヌール・デ・ダム百貨店

      伊藤桂子 , エミール・ゾラ2002/12

      カテゴリー:小説、物語
      4.0
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      • 【女性を狂奔させる百貨店】
         ゾラの、『ルーゴン-マッカール叢書』第11巻は、パリの大百貨店を舞台にした作品です。
         その大百貨店の名前が『ボヌール・デ・ダム百貨店』というわけです。
         この百貨店は、拡張に次ぐ拡張、潤沢な資本に物を言わせた安売り攻勢により、周囲の小売店を圧倒し続け、パリの街に君臨していたのでした。

         『ボヌール・デ・ダム』とは、『夫人達の幸福』という意味であり、経営者のムーレは、まさに女性を虜にすることこそ百貨店成功の秘訣であると信じている人物でした。
         自身も、金に物を言わせて多くの愛人を作り、女性なら誰でも選り取り見取りの独身生活を謳歌していたのでした。

         本作の主人公は、田舎から二人の弟を連れてパリにやって来たドゥニーズという、あか抜けない若い女性です。
         両親が亡くなり、生活が立ちゆかなくなったために、一年近く前のことではありましたが「パリに来れば仕事がある」と手紙に書いて寄越したラシャとフランネルを商うボーデュ叔父を頼ってパリにやって来たのでした。

         ところが、仕事があるというのは一年前の話。
         今やボーデュ叔父の老舗店も目の前にそびえ立つボヌール・デ・ダム百貨店に押しまくられており、客を失い続けていたのでした。
         ボーデュは、ドゥニーズに同情はするものの、とても自分の店で雇うことはできませんでした。
         
         その後、ふとした偶然からドゥニーズはムーレの目にとまり、ボヌール・デ・ダム百貨店の売り子として働くことになります。
         百貨店を恨んでいる叔父の手前、百貨店で働くのはためらわれたのですが、そうは言っても2人の弟を養っていくためにはそんなことを言っていられる余裕などありません。
         叔父には申し訳ないと思いながらも、百貨店で働くことを決めたのです。

         百貨店に勤め始めたドゥニーズは、田舎から出てきたばかりのやぼったい女性だったこともあり、他の店員から徹底的にいじめ抜かれます。
         しかし、何としてでも耐え抜いて金を稼がなければなりません。
         そんな姉の気持ちを知ってか知らずか、美貌の上の弟はあちこちで女性と良い仲になり、トラブルを起こし、その解決のために姉に金をせびり続けるのです。

         『ルーゴン-マッカール叢書』は、狂気とアル中の遺伝の物語なのですが、ドゥニーズに限ってはそう言った負の因子は全く現れてはおらず、むしろ、貞淑で優しく、芯の強い頑張り屋の女性として描かれています。
         最初は、単に興味本位で雇い入れたムーレでしたが、次第にドゥニーズの美質に気がつき、彼女に惹かれていきます。

        本書は、巨大な百貨店に押し潰されていく周囲の昔ながらの小売店の悲哀を描くと共に、ドゥニーズの人生を描いた作品です。
         旧弊な商売のやり方が陶太されていくのはやむを得ない時代の流れという側面もあり、ゾラは、必ずしも百貨店を悪として描いているわけではありません。
         ドゥニーズの口を借りて、これもパリが繁栄していくためには避けて通れない時代の流れなのだと言わせています。

         本作は、ドゥニーズの人生の物語として読むのでも面白いですし、女性を支配することが百貨店を成功させることだと信じ切っているムーレが、「いつか女性から仕返しをされるぞ」と周囲の者から言われ続け、そして、その『仕返し』がどういう形でやって来たのかという物語として読んでも面白いでしょう。

         しかし、私は、作中に描かれている百貨店の商売の様子が最も興味をそそりました。
         巨大な利益を上げるために、次から次へと新手を繰り出すムーレ、それに狂奔させられる女性達。
         百貨店が演出する一大スペクタクルに酔わせられ、財布の紐を緩めまくる女性達。
         買い物の魔力、商品に対する貪欲なまでの欲望に駆られ、遂には万引きにまで及んでしまう上流階級の婦人や、夫の資産を食いつぶしてしまう上流階級の婦人などの人間の生き様が、そこには凝縮して描き出されています。
         それは、時に残酷なまでに。

         大変興味深い内容の作品でしたが、『ルーゴン-マッカール叢書』なのにラストは後味悪くないんですよ。
         こんなゾラも良いのではないでしょうか?


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        2020/05/21 by ef177

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      ルーゴン家の誕生

      伊藤桂子 , エミール・ゾラ2003/10

      カテゴリー:小説、物語
      3.0
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      • 【連綿と続く負の血の系譜】
         『ルーゴン-マッカール叢書』(全20巻)の第一巻です
         バルザックの『人間喜劇』に対抗するようにして企てられたのが、ゾラの『ルーゴン-マッカール叢書』でした。
         『人間喜劇』が、いくつもの作品に同じキャラクターが繰り返し登場するという趣向だったのに対して、『ルーゴン-マッカール叢書』は、神経症を病む女性、アデライード・フークを祖として、そこにアルコール中毒者の血も混じり、様々な負の因子を持った子孫が生まれていくという『遺伝』をモチーフにした大作です。
         我が国でもよく読まれている、ゾラの『居酒屋』や『ナナ』も、『ルーゴン-マッカール叢書』の一部を成す作品なんですね。

         物語の舞台となるのは、ナポレオン三世治下の第二帝政時代で、第一巻はナポレオンが起こしたクーデターに反対する蜂起軍と、架空の町ブラッサンに住む保守派の人々との対立が軸となって描かれます。

         さて、問題のアデライードですが、その血に精神性の病の因子を持っていたのですが、最初は素朴な農民(でもあまり賢くはない?)であるルーゴンと結婚し、男児ピエールをもうけます。
         しかし、ルーゴンの死後、アデライードは、アル中で密輸を生業とするならず者のマッカールと半同棲生活を始め、マッカールとの間にアントワーヌ(男児)とユルシュル(女児)をもうけます。

         この様に、アデライードから始まって、ルーゴンの血を引く者、マッカールの血を引く者が連綿として描き続けられ、精神病とアルコール中毒の負の因子が、子孫のところどころに顔を出すという何ともおぞましい系譜になっていくのです。

         第一巻では、蜂起軍に加わるシルヴェール(ユルシュルが帽子職人ムーレに嫁ぎ、その間に生まれた男児)とミエットとの純愛も描かれますが、中心となるのは、迫り来る蜂起軍に対して、ブルジョアとして何とか切り抜けようと小心翼々とするピエール、ピエール一家に虐げられたと恨み骨髄のアントワーヌの人間模様ということになります。

         この作品、ある意味で遺伝的な異常性を持った人間が描かれるということもあり、読んでいて気が滅入るようなところも感じてしまい、本の厚さの割には読み進めるのに時間がかかってしまいました。
         また、登場人物が多いため、「あれ?これは誰だっけ?」となることも読書スピードを削いだ原因の一つかもしれません(本書には、登場人物一覧の他に家系図もついているんですけれどね)。
         第一巻だけでもそういう状態なのですが、『ルーゴン-マッカール叢書』全体では、登場人物が何と1,200人に上るということですので、これは大変だ。

         この『ルーゴン-マッカール叢書』、これまでは、有名所の『居酒屋』とか『ナナ』とかは翻訳されていましたが、全部の訳書はなかなか揃わなかったのですね。
         でも、現在は(出版社、シリーズはバラバラになってしまいますが)とりあえず全20巻の翻訳が出揃いましたので、叢書全部を通読できる環境が整いました。
         そういうこともあって、遂に第一巻から手を出してみたというわけです。

         今後も読み進めていこうと思うのですが、次に読むのは第2巻の『獲物の分け前』ではなく、第11巻の『ボヌール・デ・ダム百貨店』の予定。
         順番に読もうかとも思ったのですが、『百貨店』にちょっと興味がわいてしまったので、そちらを先に図書館から借りてきてしまいました(とは言え、実は近々引っ越さなければならなくなったので、それまでに借りた本を読み終えることができるかどうか微妙なんですけれどね)。
         まぁ、既に第7巻の『居酒屋』、第9巻の『ナナ』は読んでしまっているので、多少順序が前後しても良いかと割り切ってしまいました。

         いずれそのうち、同じ出版社から同じシリーズで全巻が刊行されたら買い揃えても良いかなぁとも思っているのですが、版権等の問題でそれは難しいのでしょうかね?(いや、どうせなら揃っているシリーズの方が、本棚に並べた時に美しいかなと思ったりして)。


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        2020/04/30 by ef177

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      ごった煮

      エミール・ゾラ , 小田光雄2004/09

      カテゴリー:小説、物語
      3.0
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      • 【何という醜悪な作品! 主要な登場人物の誰一人として感情移入できる者がいないなんて】
         ルーゴン=マッカール叢書の第10巻です。
         第11巻の『ボヌール・デ・ダム百貨店』の前編とも言うべき作品であり、主人公は、後のボヌール・デ・ダム百貨店の支配人となるオクターヴ・ムーレです。
         彼は第5巻『ムーレ神父のあやまち』で主人公を演ずるセルジュ・ムーレの兄に当たります。

         オクターヴは、一族の故郷ブラッサンから大望を抱いてパリに出てきました。
         そしてショワルズ商店街の表通りにある新築の5階建てアパートメントの住人になるのです。
         本作はこのアパートの住人たちの醜悪な行状が描かれる作品です。

         アパートの管理人は、このアパートは品の良いブルジョアの人々だけが住む場所で労働者などが住める場所ではないということを誇りにしており、オクターヴにも女性を連れ込むことは禁止ですと言い渡すのですが、実際にはそこに住むブルジョアたちは金にも情欲にもまみれたとんでもない連中だったという物語。

         オクターヴ自身、非常に女性にだらしなく、女性を足掛かりにしてパリの町でのし上がってやるなどと考えている不届き者です。
         彼は、既婚女性でも構わずにこれという女性を見つけるとすぐに手を出そうとするのです。
         彼としては冷徹な計画の下に口説いているつもりのようですが、かなり欲望が強い男で、自分の欲望に負けて、悶々としながら女性に焦がれているという面も持ちます。

         オクターヴは、ボヌール・デ・ダム商店(まだ百貨店になる前です)の店員となるのですが、さっそくその経営者の妻に目を付け、6か月でものにするなどという計画を立てます。

         他方、アパートに住むジョスラン一家がこれまた強烈なのです。
         2人の年頃の娘がいるのですが、夫人は浪費家で、夫はそれなりの稼ぎがあるのですがそれでは満足せず、さらに夫に内職までさせそれでも金が無いと罵詈雑言の限りを尽くします。
         彼女は持参金もままならぬ二人の娘を何とか嫁に出すことに血眼になっており、あちこちのパーティを回っては娘たちの売り込みにやっきになっています。

         夫人の兄は金持ちで、この二人の娘が結婚する時にはそれぞれ5万フランの持参金を出してやると口約束はするものの、とんでもない吝嗇家であるため、どうもその約束は果たされそうもありません。
         それでも、ジョスラン夫人は娘には5万フランの持参金が付いていると吹聴しながら売り込みに躍起になっているのです(「私は2スーしか持っていなくても、4スー持っていると言うのさ」が口癖のような夫人なのです)。

         そして、遂にほとんど押し付けるようにして、このアパートの1階で生地店を営んでいる片頭痛持ちの中年男オーギュストに次女のベルトを押し付けることに成功するのです。
         もちろん5万フランの持参金など出せないので、そこは嘘八百を並べていずれ払うと強弁し続けるのです。
         この結婚、当初はまあそれなりに上手くいったようにも見えたのですが、ベルトは母の教育がよろしかったのでしょうね、たちまち浪費家の顔が剥き出しになり、オーギュストを罵倒しながら金を出せと言い募るようになっていきます。

         さて、一方のオクターヴですが、彼は美貌の青年であることを良いことに、あちこちの女性に手を出し、失敗を重ね、ようやくアパートの住人の妻であるマリーをたらし込むことに成功します。
         どうも、さほどマリーに魅かれているというわけでもなさそうなのですが、自分の欲望のはけ口としてどうしても女性が欲しいということでマリーで妥協したようなところもうかがえます。
         そして、その後は、『都合の良い女』としてマリーとの関係を続けつつ、他の女性へのアプローチも継続するといういやらしい男。

         仕舞にはボヌール・デ・ダム商店の経営者の妻に強引に言い寄って拒絶され、居づらくなって商店を辞めてしまいます。
         それを拾ったのがオーギュスト。
         オクターヴは今度はオーギュストの店の売り子として働き始め(商才はなかなかあったのです)、その傍らでベルトに目をつけ口説き始めるというありさまです。
         オクターヴとベルトの関係はその後たいそうな修羅場を迎えることになるのですが。

         アパートの住人の女中たちは、こんな住人の裏の顔を知り尽くしており、主人の知らないところであからさまに主人たちの醜い様をからかい合っているのでした(この女中たちもいい加減程度のよろしくない連中で、生ゴミを窓からアパートの中庭に投げ捨てながら、こんな噂話に明け暮れているのです)。

         というわけで、全編こんな話の連続で、正直読んでいて不愉快になってしまいます。
         脇役的なキャラには誠実な者もいるのですが(例えば妻の尻に敷かれ続けているジョスラン氏など)主要なキャラは醜悪な者ばかり。
         やってられないよ~という気分にさせられます。
         また、本作は登場人物が多いので登場人物一覧は必須です(私は図書館から借りてきたのですが、本来ついているはずの登場人物一覧のカードがついていなかったので、非常に難儀しました)。

         最終的には何となく落ち着くところに落ち着いたという結末になりはするのですが、シリーズ中一、二を争うぐちゃぐちゃの人間関係で、まさに『ごった煮』という感じでしょうか。
         人間の醜悪さをこれでもかと描いた一作でした。


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        2020/05/15 by ef177

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      獲物の分け前

      伊藤桂子 , エミール・ゾラ2004/11

      カテゴリー:小説、物語
      3.0
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      • 【絢爛豪華で稠密な描写の中に渦巻く社交界の腐乱】
         ゾラの『ルーゴン=マッカール叢書』第二巻です。
         第一巻の『ルーゴン家の誕生』で、己の親族を踏み台にしてまでのし上がったウージェーヌ・ルーゴンは、革命後パリに出てきて官吏となり、後には大臣にまで成り上がります。
         本作ではその弟であるアリステッドの一家が中心に描かれます。

         アリステッドは兄ほどの才覚はなく、兄の権勢に頼って自分も引き揚げてもらおうと画策します。
         野心だけはたっぷりあるのですよね。
         アリステッドは何とか小吏の職を与えられ、役所内で金儲けのネタは無いか?と奔走しています。
         当時、パリは再開発の最中であり、あちこちの土地建物が収用され、パリは生まれ変わろうとしていました。
         アリステッドはこの気運に乗じて金儲けをしたくてたまらないのですが、何と言っても投資すべき金が手元にありません。

         そんなアリステッドにも運が向いてきたようです。
         ブルジョア法官の娘であるルネは好奇心に溢れた美貌の少女だったのですが、何者かに強姦されてしまうという事件が起きました。
         一族はこの事件をひた隠しにするのですが、もはや傷物となったルネをまともに嫁がせるわけにはいきません。
         とは言え、年頃になっているのですから何とか結婚もさせなければ対面が保てないと悩んでいたところ、白羽の矢を立てたのが小役人のアリステッドというわけです。

         アリステッドは既に中年の域に達しており、先妻を亡くして現在は独身とは言え、息子がいる男でした。
         そんな男でもなければ事情を承知の上でルネをもらってくれまいということで、ルネとの結婚話がアリステッドに持ち込まれるのです。
         もちろん、相応の持参金付きです。

         野心に燃えたアリステッドはこの結婚に飛びつき、ルネの持参金を元手にインサイダー情報を使って不動産取引に乗り出していくのです。
         これが大当たりで、法外な収容保証金をパリ市からふんだくることに成功し、その金を元手にまたまた不動産に手を出していきます。
         また、アリステッドは怪しげな証券金融取引にも投資を始め、今や莫大な金が懐に入ってくるようになりました。

         もはや小役人などやっていられるかということで、役人を退職し、名字もルーゴンを捨てて響きの良いサッカールを名乗るようになるのです。

         一方のルネですが、世間知らずの少女のままであり、夫が莫大な金を稼ぎ出すのを良いことに、ドレスや宝石などを買いまくる贅沢三昧をしています。
         アリステッドもそんなルネを豪奢に着飾らせることを容認し、その美貌に磨きをかけ、豪壮な大邸宅を買い入れて夜毎のパーティーを開き、社交界の名士達を招くようにまでなります。

         アリステッドにとって、ルネも投資の対象であり、金蔓でしかないのです。
         美貌の妻をドレスアップして人前に出せば社交界の噂となり、アリステッドの株も上がろうというものです。
         アリステッドの懐には莫大な金が入ってきますが、出て行く金も相当なもので、とにかく金を回し続けることによって自分の地位を高めて行っているのです。
         儲かっているんだかいないんだかもはや分からない状態ですよ。

         さて、そんなアリステッドの一人息子、マクシムは、それまで寄宿舎に入れられていましたが、女性のような顔をした美貌の青年でした。
         アリステッドはマクシムを呼び寄せ、ルネと3人の生活を始めるのです。
         ルネも年が近いマクシムを気に入り(マクシムの方が年下)、貴婦人達の間を連れ回し、二人で密かに猥談にふけるなど、とても親子とは思えないような生活を始めます。

         それが陥穽だったのですよね。
         ルネとマクシムは、遂に越えてはならない一線を越え、愛人関係を結んでしまうのです。
         二人は段々大胆になっていき、アリステッド不在の家で獣のようにまぐわい、奉公人達の目などもう気にもせずに振る舞い始めるのです。

         アリステッドとて、同じようなものかもしれません。
         美しいルネには既に飽いており、その寝室を訪ねようともせず、高級娼婦達と放蕩の限りを尽くし、時には何と、マクシムと一緒に同じ娼婦を共有するなどの狂ったような生活をしています。
         また、ルネの持参金を一滴残らず搾り取るため、共同事業者と示し合わせてルネに高額の手形を書かせ、借金を負わせていきます。

         『ルーゴン=マッカール叢書』は狂気とアル中の遺伝が連綿と続くという何ともおぞましい話なわけですが、ルーゴンの血を引くアリステッドのこの狂乱も狂気のなせる技なのかもしれません。
         本作では、そんな社交界の様子、パリの狂奔する金融取引などが、これでもかというほどの稠密な描写で描かれ続けます。
         もう、形容描写の方が主ではないかというほど、あちこちで微に入り際を穿った描写が続くのです。
         それはもう息苦しいほどの書き方で、そんな中でルネが段々腐り落ちていくのです。

         アリステッドは、美貌の息子すら政略結婚の具に使い始めます。
         さして美人でもなく、せむしで病弱な娘の父が政界に乗り出している事に目をつけ、その娘とマクシムの結婚を画策するのです。
         娘の父親も、富豪のアリステッドと縁を結べれば有り難いということで、父親同士で結婚を決めてしまうのですね。
         娘の方は美貌のマクシムの妻になれることを歓迎しています。
         マクシムはさすがに断るだろうと思いきや、この男、自分という物が無いのです。
         非常に受身で、唯々諾々とこの結婚を承諾してしまうのです。

         それに怒り狂うのがルネ。
         自分の愛人が他の女に取られることなど容認できません。
         もはや義母という立場などすっかり無くしているのです。

         なんともおぞましい話になっていく本作ですが、これが『ルーゴン=マッカール叢書』なのですよね。


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        2020/05/01 by ef177

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      ウージェーヌ・ルーゴン閣下

      エミール・ゾラ , 小田光雄2009/03

      カテゴリー:小説、物語
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      • 【貪欲極まりない陳情の山は彼を没落させるのだが……】
         ルーゴン=マッカール叢書の第6巻に当たるのが本書です。
         本書の主人公となるのは、タイトル通り、ウージェーヌ・ルーゴンです。
         彼は、始祖のアデライード・フークから見れば孫ということになります。

         ウージェーヌは、ナポレオン三世による第二帝政下で弁護士としてスタートし、遂に参事院長官の地位に上り詰めるのです。
         辣腕政治家としての評価が高い彼の下には縁故、知人が押し寄せ、様々な陳情が絶えることがありません。
         しかし、その後、政争に巻き込まれ、皇帝の寵を失ったと感じたウージェーヌは自ら長官の地位を辞するところから物語は始まります。

         政界から身を引いたウージェーヌは、その心中に権力欲、支配欲をたぎらせてはいるのですが、表面上可能な限り政界との関りを絶った生活を送ります。
         決して得意ではない学術的な著作に入れ込んでみたり、地方に都落ちしてそこで農業共同体を組織することを計画するなど、皇帝が求めることがない限り、二度と政界には戻らないと公言していました。
         俺が必要ならばそう言えという自尊心なのでしょうか。

         しかし、そんな彼を周囲の人々は放っては置かなかったのです。
         それは、自分たちの利益を実現するためにはウージェーヌに復権してもらう必要があるという打算からでした。
         特に、クロランドという美貌の若い女性が謎の存在として描かれます。
         ウージェーヌは、クロランドに対して欲望を抱きもするのですが、クロランドはこれを頑としてはねつけます。
         私と結婚するのなら許しても良いとは言うのですけれどね。

         しかし、ウージェーヌは、クロランドと結婚しても上手くいかないだろうと冷静に考え、むしろ自分の手駒とも言える大したことのない男をクロランドの夫として勧めるのです。
         クロランドも、何故か言われたウージェーヌに言われたとおりに結婚してしまいます。

         ただ、これも、クロランドの策略なのでしょう。
         実は、クロランドはウージェーヌに負けるとも劣らない権力欲の持ち主だったのです。
         そして、己の権力を拡大せんがために、ウージェーヌの取り巻きに働きかけ、ウージェーヌの復権を密かに画策するのです。
         ウージェーヌを利用しようということなんですね。
         クロランドは、まさに、ファム・ファタル的な女性として描かれます。

         その甲斐あって、ウージェーヌは再び皇帝に請われる形で内務大臣に就任するのです。
         ウージェーヌは、これも自身の実力の賜物だと自負するのですが、実は……。
         もちろん、自分の取り巻き連中がそれなりに運動してくれていたことは承知しており、だからこそ、大臣就任後は、彼らを重用し、彼らの陳情を叶えてやり続けるのです。

         しかし、取り巻き連中の欲望には限りがありませんでした。
         どれだけ便宜を図ってもらっても、自分は大したことはしてもらっていないとしか考えない連中ばかりなのです。
         ウージェーヌは、それでも彼らの理不尽とも言える望みを叶え続けてやるわけですが、さすがに無理がありました。
         徐々に自己の立場を悪くしていくのです。

         欲望に限りない取り巻き連中は、自分たちでウージェーヌを食い潰しているわけなのですが、そんなことは気付きもしません。
         唯一、クロランドだけは冷徹にウージェーヌの行く末を見通していたのかもしれませんが。

         本作は、ルーゴン=マッカール叢書の中では『政治内幕小説』という位置づけで語られるようであり、実際そういう作品なのですが、私は、むしろ、ウージェーヌの取り巻き連中に代表される、人の欲望の際限なさ、利己心の怖さを読みました。
         そして、対照的なのはウージェーヌの妻です。

         ウージェーヌは、長く独身を貫いていたのですが、参事院長官を辞した後、取り巻き連中から男は結婚してこそ安定するのだという強い勧めに応じ、クロランドからの求婚を退け、容姿は優れないものの、堅実な家政を司る地味な女性を妻に迎えるのです。
         彼女のことはさほど多くは描写されないのですが、最後の方で、没落したウージェーヌの住む家を一人でいち早く探している描写にはぐっとくるものがありました。

          
        読了時間メーター
        □□□     普通(1~2日あれば読める)
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        2020/05/09 by ef177

    • 1人が本棚登録しています
      生きる歓び

      エミール・ゾラ , 小田光雄2006/03

      カテゴリー:小説、物語
      3.0
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      • 【とことん気が滅入る話だなぁ】
         本書は、ゾラのルーゴン=マッカール叢書の第12巻に当たります。
         主人公のポリーヌは、両親に早く先立たれてしまったため、10歳の時にシャントー夫妻が引き取ることになり、パリから海辺の漁村であるボンヌヴィルにやって来ました。
         その後のシャントー夫妻一家とポリーヌの人生が語られるのですが、いや、本当に気が滅入ることが連続する物語なんです。

         まず、ルーゴン=マッカール叢書の中の本作の位置づけからお話しておくと、本作の主人公のポリーヌは、マッカール家の血をひく者で、『ナナ』の主人公であるナナとは従姉妹という関係になります。
         ちなみに、ポリーヌは叢書第3巻の『パリの胃袋』でも既にちらっと顔出しをしているそうなのですが、まったく気がつきませんでした。

         また、シャントー夫妻がポリーヌを引き取るに当たり、家族会議を構成しなければならないということから、シャントー夫人によって3人の親戚が指名されるのですが、その3人とは、オクターヴ・ムーレ(『ごった煮』と『ボヌール・デ・ダム百貨店』に登場しますね)、クロード・ランチエ(『制作』に登場します)、ランボー(『愛の一ページ』に登場するエレーヌ・ムーレの再婚相手です)なんです。
         とは言え、この3人の親戚はここで名前が挙げられるだけで、本作では何の役割も負いませんが。

         さて、ポリーヌには両親が遺したまとまった財産があり、シャントー夫人がポリーヌが成人するまで管理することになっていました。
         しかし、シャントー夫妻の一人息子のラザールがとんでもないダメ男なんです。
         いい加減仕事に就くようにと言われているのになかなか腰を上げず、最初は作曲をして立つのだなんて言うのですが、満足に作品を仕上げる根気もありません。

         見るに見かねたポリーヌが医者になることを勧めると、今度は医学に入れ込み始め、パリの学校に通い始めるのですが、ほどなくして医学に飽きてしまい、今度は化学の道に進むと言い出すのです。
         もちろん、その間の仕送りはシャントー夫妻の負担になっています。

         ボンヌヴィルに帰って来たラザールは、海藻を加工して様々な製品を作るという計画をぶち上げ、大々的に工場を作るなどと言い出すのです。
         そんな金は……。
         ここでシャントー夫人のいやらしさが発揮されるのですね。
         ポリーヌにラザールとの結婚話を持ち掛け、いずれ夫婦になるのだからと言って、ポリーヌの財産を工場に投資させるのです。
         ポリーヌもラザールを愛していましたので、自分から進んで金を出すと言ったのではありますが。

         ところが、予想通り、この工場も失敗してしまい、投資した金は消えてしまいます。
         ラザールは、すぐに工場を投げ出してしまい、今度は堤防事業をやるのだと言い始め、またまたポリーヌに金を出させます。
         堤防ももちろん失敗です。

         こうやってどんどんポリーヌの財産は食い潰されていくのです。
         にもかかわらず、シャントー夫人は息子の失敗はすべてポリーヌがそそのかしたせいだなどと言い出し、ポリーヌの損失にはまったく責任がないと言わんばかりです。
         それだけではなく、シャントー夫人は家計が苦しくなると勝手にポリーヌの財産を使い込んでもいたのです。

         じゃあ、夫のシャントー氏は何をやっているかと言えば、この人、美味しいものを食べることしか頭になく、痛風が慢性化しているのにフォアグラを食べたりワインを飲んだりばかりして苦しんでいます。
         妻や息子がやることにも無関心な様子で、何の役にも立たない男なんですね。

         さらに、ラザールは家に遊びに来る知人のルイズに魅惑されてしまい、ポリーヌと結婚の約束をしているというのにルイズに手を出そうとしてポリーヌに見つかったりもします。
         シャントー夫人は、ポリーヌにあれだけ恩があるはずなのに、ポリーヌを逆恨みするようになり、ルイズに持参金があることに目をつけ、ラザールとルイズを結婚させた方が金が手に入ると考え始めたりもするのです。

         とことんポリーヌは喰われていき、結局破産してしまうんですね。
         この後も、気が重くなるようなエピソードが連続し、読んでいてとにかくラザールらの不甲斐なさにイライラするわ、気が滅入るわ。
         決して心地よい読書にはなりません。
         そしてまた、この唐突なラストは何なんでしょう?(それはご自身でお読みいただきたいのですが)。
         なんでこんな終わり方になってるの?

         というわけで、ルーゴン=マッカール叢書の中では、本当に救いの無い話になっています。
         読んでいてすっかり気が滅入った一冊でした。


        読了時間メーター
        □□□□    むむっ(数日必要、概ね3~4日位)
        >> 続きを読む

        2020/05/26 by ef177

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      サッカーの贈り物 素顔のJリーガー

      Jリーグ選手協会2004/06

      カテゴリー:球技
      4.0
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      • Jリーグ選手会が2004年に出した選手の社会貢献活動を紹介している本。

        今から10年前。Jリーグが誕生して10年。ブーム、ドーハ、日韓ともうスピードで駆け抜けたサッカー界。それから10年が経ち、20年を過ぎたJリーグはチームも増えた。地域に根付いてもいる。

        ここでエピソードとして紹介されている選手や各チームの選手会の会長達の面子をみるとまだプレーしている選手が沢山いる。本にある通り人格を高めることって大切なんだと思う。同じようなレベルだった時、組織にとって必要な人間であるために。

        海外で活躍する選手も増えた。Jリーグの功績でもある。でももっともっと文化として根付いほしい。

        そしてサッカー選手になれなかった自分に対して、サッカーで学んだことを活かしてもっと頑張れ!と言いたい(^^;;
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        2015/01/18 by fraiseyui

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      灰色の女

      中島賢二 , WilliamsonAlice Muriel2008/02

      カテゴリー:小説、物語
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      • 顔が綺麗なだけで、何でも許されるのはおかしい。なので、ムカムカする場面多々。色んな事がてんこ盛りで、それはそれで楽しめた。 >> 続きを読む

        2013/03/26 by 紫指導官

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      笑いの狩人 江戸落語家伝

      長部日出雄2010/04

      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      • 落語のルーツを知る、重要な本。

        並んでいるたった500冊の中から、落語の文字に、何気なくとった本がこれなんて
        赤い糸で手繰りよせられたように、先週(2010年7月)、三国ヶ丘の天牛書店で購入。


        長部日出雄が江戸の芸人たちの生き様を、再生した、貴重なる記録である。
        (昭和55年、刊行)

        江戸時代に活躍した江戸の、鹿野武左衛門、三笑亭可楽、林屋正蔵、都々一坊扇歌、三遊亭円朝の
        五人を描きながら、鹿野武左衛門の生れた1649年から、三遊亭円朝の亡くなる1900年までの、
        250年間を綴る「江戸落語通史」である。

        現在聴いている落語が、古典と呼ばれ、今のものではないのは承知しているが、
        多くのものが、江戸時代、刀を差した武士が往来していた時代にできたものとは、
        落語の世界が、ずばり、現代であったことに、驚嘆する。

        上方の露の五郎兵衛の落ちが軽くて良いと伝わり聴く噺は、今でいう「親子酒」の最後のサゲ。
        それにシゲキされた鹿野武左衛門がつくった噺が、
        「亭主の力ばかりで出来たのではござらぬ。これもみんな、近所の若い衆のおかげじゃ」と、
        今でいう、[近所の若い衆」が350年ほど前に誕生しているとは・・。

        天保時代には、土橋亭りう馬が演じた噺が、音曲噺の「紙屑屋」。
        遊びがすぎて親に勘当され、出入りの頭の家に厄介になっている若旦那が、
        選り分けている紙屑のなかから出て来た清元の稽古本や端唄本の紙切れを見て、
        得意の咽喉でうたい出し、まさに今の形がすべてその時代にできあがっている。

        そして150年前の初代円朝の時代のことだが、
        既に上方で「らくだの葬礼」の噺が、語られていた、と。

        さすがは上方だなぁ。唐人のカンカン節は長崎から伝わって来たと。
        だから江戸で流行する前に、既に上方で流行り、ラクダもオランダ渡りと、
        つまり、両方とも、江戸より大阪の人間の方が早く知っていた。、それにしても
        ラクダとカンカン節を組合わせて、面白い奇想天外な噺に仕立てあげるなんて
        ・・・・・と、のちに円朝になる長蔵という主人公が感心しているが、
        そんな時事ネタで「らくだ」ができたなんて・・・私も、感心も得心でおますな。

        三笑亭可楽の、三笑亭の由来とか、明治の作家たちに、円朝の高座を速記した「速記本」が
        多大の刺激を与え、のちの言文一致体文学誕生のきっかけになったとか、
        上方落語ファンにも、興味深い内容が続く。

        ただ、どこまでが、史実で、どのあたりが長部氏の創作なのか、現時点では、
        私には判断つきかねますが・・・

        まちがいなく、落語の世界にタイムトリップできる、落語ファン必見の本ですな。
        >> 続きを読む

        2013/05/27 by ごまめ

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      エラリー・クイーン論

      飯城勇三2010/09

      カテゴリー:英米文学
      4.0
      いいね!
      • 【クィーン愛に溢れた細密な分析】
         ネヴィンズの『エラリー・クィーン 推理の芸術』を読んで、日本はエラリー・クィーンの作品について熱心なファンが多く、非常に深い考察がなされているということを知り、それはどういうものだろう?と興味を持って手に取ってみたのが本書です。

         本書の著者は、エラリー・クィーン研究家にしてエラリー・クィーン・ファンクラブ会長ということで、これまでにも多数の著書がある方のようです。
         本書も、エラリー・クィーン・ファンクラブの会誌である『Queendom』に発表した考察をまとめたものということで非常にマニアックな内容になっています。

         本書を読むに当たっては、まず、クィーンの作品を熟読玩味していないとついていくのがなかなか大変でしょう。
         私のように、ある程度は読んでいるけれど読んだ作品だって忘れているものも多い程度の者にはいささか荷が重いです。
         マニア向けの内容なだけに、書かれている作品については十分に読みこなしていることが前提となっています。
         ただし、未読の作品、あるいは忘れてしまった作品について論じられている部分についても、著者が言わんとしていること自体は理解が可能です。

         その様な内容の本であるため、ネタばれに対する回避はほぼありません(各章の頭にネタばれになる作品名が書かれているのがわずかな注意と言える程度です)。
         ですから、これからクィーンの作品を楽しもうとお考えの方には全く向かない本だと思います。

         しかし、細密な分析をされています。
         その分析の多くについては、なるほどと納得しました。
         特に、クィーンが『読者への挑戦』で当ててもらいたがっているのは何かという論考はその通りだろうなと得心しました。
         だから、『読者への挑戦』が挿入されていない作品はそれなりの理由があるのだという説明も。
         また、多くの推理小説好きはミステリの犯人当てをするためにこういう読み方をするけれど、クィーンの作品はその様な読み方では歯が立たないのだという論考も納得できるものでした。

         さて、本書で特に熱く語られているのは、『ギリシャ棺の謎』についての部分でしょう。
         この作品は、著者の評価によれば、従来無かったタイプの作品であり、またそれ故に様々な問題を生み出した作品でもあるということで、著者以外の著名推理作家等もこの作品について大いに論じているようです。
         著者も、その様な論争に加わり、自説を展開し、あるいは他の説に対する批判、反論を繰り広げています。
         
         私、『ギリシャ棺』は大昔に読んだ記憶なのですが、内容はすっかり忘れており、到底この論争に加わるほどの知見もありませんでした。
         ただし、先にも書いたとおり、著者やその他の方々がこの作品について何を問題にし、どのような説を展開しているのかという点については、本書の記述だけからでも十分に理解することは可能です。

         とは言え、何とも細密な分析と議論ですよ。
         これはロジック・パズルですね。
         熱心なファン(マニア?)ともなれば、ここまで読み込むものなのねと唖然とさせられました。
         私なんかミステリは好きだとは言え、到底こんな議論までしようとは思いませんし、単純に、作品を読んで、「あっ!」と驚かせてもらえたらそれで十分楽しいというレベルなもので、こうまで分析的に読まなければならないものなのかとも思ってしまいました。

         著者のあとがきによれば、著者の考察に対して小説家の笠井潔氏は「論争的な性格の文章である」と評したそうですが、著者に言わせれば「挑戦的」という方がふさわしいと思っているので、みなさんもこの『読者への挑戦』を受けて欲しいということです。
         いやいや、とてもとても。

         ともかくも、日本のコアなエラリー・クィーン・ファンがどんな議論をしているのかという当初の私の関心事については十分に答を得られたと感じました。
         それは私の予想の遙か上をぶっ飛んでいるもので(笑)、大変驚かされました。
         「私はミステリをそういう風には読めないなぁ。驚かせてもらえたら幸せだと単純に思う程度の一ファンでいるのだろうな。」と痛感した次第です。
         いや、恐れ入りました。


        読了時間メーター
        ■■■     普通(1~2日あれば読める)
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        2019/12/08 by ef177

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      ワンダーランドの悪意

      白須清美 , BlakeNicholas2011/11

      カテゴリー:小説、物語
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      • 真相が分かっても、そんなに意外性はない。
        それより、この時代にこういうテーマパークがあり、宝探しゲームがあるのが少し驚き。
        どこにでもいじめられっ子的な人はいて、それが滞在客のアルバート・モーリーだと思うのだけど、彼の人柄、いい感じ。
        >> 続きを読む

        2015/08/28 by 紫指導官

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      ダ・ヴィンチ封印《タヴォラ・ドーリア》の500年 = Tavola Doria Leonardo da Vinci

      秋山敏郎2013/09

      カテゴリー:洋画
      4.0
      いいね!
      • 久々に面白かった。中世ヨーロッパの知的冒険、恰もその時を作者と共に生きているかのような冒険談としても楽しめるし、数々の疑問や不知を解き明かしてくれる爽快感がある。この第一巻が前段とすれば二巻が大いに期待できる。出版が待ち遠しい稀なる歴史探究ドキュメンタリーである。 >> 続きを読む

        2013/10/13 by jovayankun

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      エラリー・クイーンの騎士たち 横溝正史から新本格作家まで

      飯城勇三2013/09

      カテゴリー:日本文学
      3.0
      いいね!
      • 【緻密な論理で綴るエラリー・クイーンに魅せられた日本の作家たち】
         著者は、日本のエラリー・クイーン・ファンクラブの会長であり、かなり緻密で論理的な分析をする方です。
         以前、著者の前作に当たる『エラリー・クイーン論』をレビューさせていただきましたが、その際のレビューにも書いたとおり、かなり緻密な論考には圧倒されました。

         さて、本作は、前作とは異なり、直接の焦点を当てているのは日本のミステリ作家です。
         公言しているとしていないとに関わらず、そして、作家が意識しているといないとに関わらず、著者の目から見てクイーン作品の影響がある、あるいはそれを念頭に置いていると考えられる作家を取り上げ、どの作品がクイーンのどの作品(あるいは作風)と近いのかを論じています。
         タイトルの『クイーンの騎士』とは、クイーンを信奉する騎士団的なイメージでつけられているのでしょう。

         本作で取り上げられている主要な日本のミステリ作家は以下のとおりです。
         横溝正史
         鮎川哲也
         松本清張
         笠井潔
         綾辻行人
         法月綸太郎
         北村薫
         有栖川有栖
         麻耶雄高

         綾辻、法月、有栖川辺りが出てくるのは納得なのですが、横溝正史や松本清張まで出てくるのにはいささか驚きました。
         イメージ的にはこの二人の日本作家はあまりクイーンらしくないと感じませんか?
         著者もその辺りは十分承知の上で、しかし、この二人の作品にもクイーンの影が見えるのだよと論じます。
         なるほど、そういう観点から言えば確かにそうかもしれません。

         著者の文章は非常に論理的ですので、こういう文章は理屈っぽくて苦手だという方もいらっしゃるかもしれませんが、私は結構好きなんですよね。
         また、その着眼点もなるほどと思わせるものがあります。

         例えば、『ホームズとワトソン』問題を取り上げてご紹介してみましょう。
         ミステリ作品には、ホームズもののように、名探偵とは異なる第三者(ワトソン)が記述者というタイプのものと、クイーンものの様に、名探偵であるクイーン自身が作家として後に自分の事件を振り返って書くというタイプの両様があり得ます。
         これは大した違いはないようにも思えますが、実は結構大きな違いを生むのだという論考です。

         ワトソンという記述者が書いた場合、その視点はあくまでもワトソンであり、ワトソンが経験したことしか描かれず、ホームズが知らないことだってワトソンが一人で経験していればそれは作中に描かれることが可能になります(逆に言えばホームズ一人が知っていてワトソンが知らない事実もあり得ますよね。そして、それはホームズがワトソンに明かすまで作中には書かれないことになります。)。
         こうなると、作中の名探偵が有している情報と、読者が有している情報に差が出ることになりますよね。
         このタイプの記述方法を取った場合、クイーン型よりもよりドラマティックな推理の見せ方が可能になります。
         何せ、読者に明かされていない事実というものすら使うことができるのですから。

         これに対して、クイーン型の記述だと、名探偵が知っていることはすべて作中に書かれ、名探偵は書かれている事実のみから推理を組み立てていることが構造上保障されることになります。
         これはドラマティック性という点ではホームズ型に一歩譲るものの、極めてフェアな作品になるのですね。
         だからこそ、クイーンは初期国名シリーズではこの型を用い、『読者への挑戦』をしたのだ(できたのだ)と分析するわけです。
         非常に明解ですね。

         このように、本書では、ミステリそのものの仕組みにまで踏み込んで、各作家がクイーン作品のどんな部分を継承し、どの部分は取り入れなかったのか等についても論じている、中身の濃い内容になっています。
         ミステリ、特に本格物が大好きという方には大変楽しめる作品ではないでしょうか。


        読了時間メーター
        □□□     普通(1~2日あれば読める)
        >> 続きを読む

        2020/05/20 by ef177

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