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(株)群像社 (グンゾウシヤ)

企業情報
企業名:群像社
ぐんぞうしや
グンゾウシヤ
コード:905821 903619
URL: http://www.gunzosha.com/
      コ-カサスの金色の雲

      PristavkinAnatolii Ignat'evich , 三浦みどり1995/06

      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      •  著者は1931年生れで、子どもの頃=第二次世界大戦中は、孤児として妹と孤児院で過ごしました。その経験を元に書かれたものですが、粛清時代の「民族強制移動」という過去を舞台にしていたため発禁処分となりましたが、根強いファンの要請で日本語訳が出版されました。

         主人公はサーシカとコーシカという双子の兄弟。大体11歳くらいで、モスクワ郊外の孤児院にいます。大体11歳くらいというのは、兄弟は自分の誕生日など知らないから。

         しかし、500人あまりの孤児院の子どもたちは、突然、山間のコーカサス地方に強制移住させられます。

         この物語では、サーシカとコーシカはいつもひもじい思いをしています。
        おとなしく(子どもらしく)食事が出来るのを待っていても食事など出てこない。

         1944年、ソビエトの中では粛清、ドイツとの戦争、強制移住、内乱と大人ですら自分の事で手一杯なのに孤児の事などどうでもいい、というのがあります。

         だから、兄弟は自力で食べ物、食べられるものをくすねる、盗む、盗んだものを売り払って金を得る。

         では悲惨な暗い話ばかりですか?というとこの物語は力強さとカラリとした空気を保ち続けています。サーシカとコーシカは、大人というものをあてにしていない。

         だからこそ、サバイバルなのですが、孤児院の学芸会になると兄弟で舞台に立って歌う事ばかり考えていたりします。

         しかし、2人を取り巻く環境はあまりにも惨い。山というものがないモスクワの郊外から黄金の雲が山にたなびく・・・と言われるコーカサスへ。

        しかし、チェチェン人のゲリラたちがひそむのは山なのです。村を襲い、焼き討ちし、復讐を繰り返すチェチェン人たち。あえてそこに「孤児だから」と送り込まれた500人の子どもたち。

         衝撃的な出来事と生き延びる賢い知恵とがせめぎあい、緊張感が最初から最後まで途切れない小説を久々に読みました。
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        2018/07/07 by 夕暮れ

    • 他1人がレビュー登録、 3人が本棚登録しています
      検察官 五幕の喜劇

      ニコライ・ゴーゴリ , 船木裕2001/10

      カテゴリー:戯曲
      3.0
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      • 五幕の喜劇の脚本がこんなにもおもしろいとは知らなかった。(電車で読んではいけません。ああ赤面の至り!)

        はずかしながら初めてのゴーゴリ体験でした。
        帝政ロシアの下級官吏であったゴーゴリが喜劇に仕立てたのは、まぎれもなく歴史的事実のデフォルメだったろうと容易に想像できます。彼も此も腐敗しきった役人が、検察官(?)の電撃視察におののき、慌てふためく。きっと、ほんとうに当時のロシア帝国の都サンクトペテルブルグでは……。
        でも、……そんなことはどうでもいいくらい可笑しい。切なくなる程に可笑しい。

        個性的すぎる登場人物の公僕や取り巻きの台詞を読んでいるだけなのに、舞台のうえで軽快に動きまわる役者の姿や顔つきが目に浮かぶよう。

        ゴーゴリの構成力・文章力に感歎するばかりだが、訳者船木裕の業にも感謝、感謝。

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        2015/11/10 by junyo

    • 2人が本棚登録しています
      私人 ノーベル賞受賞講演

      BrodskyJoseph , 沼野充義1996/11

      5.0
      いいね!
      • 北のヴェネツィアと呼ばれた旧ソビエト・レニングラード出身のヨシフ・アレクサンドロヴィチ・ブロツキー(1940~1996年)は、1987年(47歳)にノーベル賞を受賞しました。

        「ヴェネツィア――水の迷宮の夢」(本棚掲載)は、彼が米国へ亡命後、何度も訪れ愛してやまなかった水の都イタリアのヴェネツィアを舞台にしています。悠久の歴史や水の流れがブロツキーの郷愁を誘ったのかもしれないな~なんて思えるしっとりとした大人の作品です(詳細はJunyoさんの素敵なレビューに委ねます♪)。

        今回は「私人」と題するノーベル賞受賞講演をレビューしてみます。文庫本以下のサイズで50ページ程度のものですが、彼の人となりや芸術文学への愛惜の念が伝わる素晴らしいものになっています。

        1963年(23歳)、ブロツキーは、旧ソビエトで定職につかない有害な「徒食者」として逮捕され、裁判にかけられました。その文学裁判なるものが、当時無名だった彼を一躍世界的に有名にしました。

        裁判官 「いったいあなたの職業はなんです?」
        ブロツキー 「詩人です。詩人で、翻訳もします」
        裁判官 「誰があなたを詩人だと認めたんです? 誰があなたを詩人の一人に加えたんです?」
        ブロツキー 「誰も」(挑戦的ではなく)「じゃあ、誰がぼくを人間の一人に加えたっていうんです?」
        裁判官 「でも、あなたはそれを勉強したのですか?」
        ブロツキー 「何を?」
        裁判官 「詩人になるための勉強ですよ。そういうことを教え、人材を養成する学校に、あなたは行こうとしなかったでしょう……」
        ブロツキー 「考えてもみませんでした……そんなことが教育で得られるなんて」
        裁判官 「じゃあ、どうしたら得られると思うのです?」
        ブロツキー 「ぼくの考えでは、それは……神(=天賦の才能)に与えられるものです」

        いや~事実は小説より奇なり! 国家や政治が人間の高邁な精神活動となる芸術や文学を裁こうとする、このいたって真面目な不条理劇は、ギリシャ古典文学も顔負けの滑稽さと愚昧と喜劇性を帯びていますね。

        「もしも芸術が何かを教えてくれるとすれば、それはまさに、人間存在の私的性格でしょう。芸術はもっとも古い――そしてもっとも本来的な意味で――私的活動の形態であるがゆえに、どう転んでも結局、自分が個別で独自な、二つとない存在であるという感覚をもつように人間を鼓舞し、人間を社会的動物から個人へ変身させるのです」

        「芸術は後戻りすることのない無反動砲のようなもので、その発展を決定するのは芸術家の個性ではなく、素材そのものの力学と理論であり、また毎回質的に新しい美的解決を見つけようと要求する表現手段が辿ってきた運命なのです。芸術は自分自身の系譜と力学と論理と未来とを持っているとは言っても、歴史と同義ではありません。それはせいぜい歴史と並行になるだけでしょう」

        「文学に対する様々な犯罪の中で、作家の迫害、検閲による規制、焚書といったことが、一番重い犯罪というわけではありません。もっと重い犯罪があるのです。それは本を軽視すること、本を読まないことです」 

        先の文学裁判で5年間の強制労働を言い渡されたブロツキーは、サルトルら著名人の猛抗議などに助けられ、その後、米国に亡命して執筆活動を続けました。

        「ヴェネツィア」は、現代的なエッセイ調の散文詩のような小説で、水と光をキーワードに夢のような幻想的な美しさを表現しています。つらつらと眺めているうちに、有象無象とした人生の澱(おり)のようなものが洗い流されるようです(笑)。中編で読みやすい作品なので興味のある方にお薦めします。

        また、「大理石」は、摩訶不思議なSF仕立ての戯曲。最新テクノロジー完備、快適な暮らしの設備はすべてそろっているタワー監獄にいる2人の囚人の可笑しな会話が覗けます。ローマ詩人ウェルギリウスやホラティウスなどを登場させて遊んでいて、私の感覚では戯曲というよりも、対話型の散文を得意としたギリシャ時代の文豪ルキアノスを彷彿とさせます。詩的でユーモアに富んでいて、狭小な空間からの脱却、悠久の時間に生きる不滅の詩人ブロツキーの想いが満載♪

        ……とここまで読んでみて、ふとチェコから亡命した文豪ミラン・クンデラを思い起こします。もともと詩を書いていた彼と詩人ブロツキーとの共通性や繋がりに少なからず驚きを覚えたからです。

        「奇妙なことですが、詩人の眼には、「歴史」は詩人自身の位置とパラレルな位置にあります。それは何かを勝手に作り出すのではなく、発見するのです……それは人間の何たるかを「遠い遠い昔」から人間の裡にあるものを、人間の様々な可能性であるものを開示するのです」

          詩は詩人たちが勝手に作りだすものではありません
          詩は遠い遠い昔からそこに
          そのうしろのどこかに存在しています
          詩人は詩を発見するだけなのです
        (チェコ詩人ヤン・スカセル)

        ***ミラン・クンデラ「小説の精神」より

        文学のみならず音楽や絵画や彫刻や……迂遠な言葉やまわりくどい説明を割愛して人間の精神や魂に深く入り込んでいける資格を有する人たち……きっとそのような稀有な人を芸術家と呼ぶのでしょうね(^^♪
        >> 続きを読む

        2016/04/24 by アテナイエ

      • コメント 2件
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