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110件 (全88件)
歌舞伎町セブン
ある冬の日、新宿・歌舞伎町の町会長である、高山の死体が、町の片隅で発見された。 死因は、急性心不全であり、事件性はまったくないはずだった。 だが、この事件を境に、この町は少しずつ日常性を失... by dreamer さん

ice さん 誉田哲也の小説は、肩の力を抜いて、気軽に読めると思いますよ。

2019/05/29
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利腕
最後の一文を読み終えた時の深い満足感 小手先のトリックやどんでん返しなどでなく、本当に良質の小説だけが持つ、ため息のような感動をミステリーでも得たいと思う人は、この小説を読みなさい。 文学的な基礎... by 月うさぎ さん

月うさぎ さん この「利腕」へのコメントで、言い尽くせなかったことがありますので、再度、シッド・ハレーの魅力について、オマージュを捧げたいと思います。 大好きな作品に対しては、もう言いたいことが山ほどあり、百万言を費やしても、なかなか語り尽くせないものなんですね。 この「利腕」の中で、「自分が永遠に対応できない、耐えられないこと---(中略)---それは自己蔑視である」という主人公のシッド・ハレーのセリフがあります。 シッド・ハレーの魅力とは、一にも二にも、このセリフの説得力にあると、私は思っています。 かつて、一流の障害騎手だったシッド・ハレーは、レース中に腕を負傷したために、片腕を失ってしまい、そのコンプレックスに悩まされ、さらに、彼は元の職業柄、英国人としては170cmにも満たないほどの小柄な男で、家族に対する負い目、あるいは妻を失ったことなど、そこまで-----と泣けるほどに自分にプレッシャーを抱え込んでいる、我々と等身大の普通の人間なんですね。 シッド・ハレーの初登場作の「大穴」で、彼は、その他多くのフランシスの主人公と同じく、勇気と誇りを持ち、困難には自己を律する、頑固なまでの意志で立ち向かい、知的で謙虚、しかも思いやりのある性格、さらに辛い思いを語る時には、抑制の効いた感傷を見せる、男が見て、男が惚れるナイス・ガイなんですね。 しかし、彼が他のフランシスの主人公から抜きん出た、冒険小説のヒーローと言えるのは、14年の歳月を経て、この「利腕」に再登場し、復活したからだと思うんですね。 それまで、フランシスの競馬シリーズは、ほとんど毎回、異なった人物を主人公としていました。 自分を失っていた主人公が、敵や自分自身の弱さとの闘いを初めとする、さまざまな冒険を通じて、その失った自己を取り戻す。 それは、多くの冒険小説で描かれている、基本的な物語のスタイルでもあるんですね。 裏を返せば、冒険を終えて自己の復権を果たした時に、小説の主人公としての役目もまた終えることになるんですね。 それ故に、同一の人物では主人公になりにくいという面があるのだと思います。 しかし、シッド・ハレーは、騎手生活を絶たれたという絶望からは「大穴」の事件を通じて立ち直ったものの、ある事件の調査中に、すでに左手を失い、さらに右手をも失うかもしれないという恐怖と心理的圧迫に対して、その恐怖に屈してしまうのかという屈辱を味わいます。 ついに、シッド・ハレーは屈服するのか、負けてしまうのか、という時に絞り出した言葉が、初めに引用した彼のセリフなんですね。 そこで、再び自己に立ち向かわざるを得ない状況になり、男にはあらゆるものを奪われ、失おうとしても、なお残すべき最後の拠り所があるといって、自己の復権を賭けて闘うシッド・ハレー、そこがこの「利腕」の最大の読みどころでもあると思うんですね。 その恐怖心と屈辱の大きさに比例して、克服したあとのカタルシスもまた絶大なものがあるんですね。 シッド・ハレーは、こうして再び真のヒーローとして復活したのだと思います。

2019/05/19
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エクサバイト
より小型化し、より大量の保存が可能となる記録媒体の行く末は、どうなるのだろう? 服部真澄の「エクサバイト」は、人類の近未来を大胆に占った情報小説の傑作だ。 2025年、SDカードでもお... by dreamer さん

taiaka45 さん コメントありがとうございます。 これから近未来にかけて、益々、進化し続けていく情報化社会は、我々の思考を遥かに超えるスピードで加速度的に変化した世界になり、この変化に人間の知性や理性、あるいは人間の質が追いついていかなければ、抑制の効かない、とんでもない社会が出来てしまうことにもなりかねません。 この小説を読んでみて、技術の進歩も大事ですが、その基になる人間自体が成長しなければいけないなという思いを強くしましたね。

2019/05/17
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利腕
最後の一文を読み終えた時の深い満足感 小手先のトリックやどんでん返しなどでなく、本当に良質の小説だけが持つ、ため息のような感動をミステリーでも得たいと思う人は、この小説を読みなさい。 文学的な基礎... by 月うさぎ さん

>運命に弄ばれ事件に巻き込まれ、という典型的なハードボイルド小説ともいえるのですが、それだけでは語りつくせない魅力と深さがこの小説にはあります。 「恐怖」を追求している点もその一つでしょう。 もう、この短いコメントの中に「利腕」という小説の本質を全て言い当てていると思いますね。 そして、以下のコメントに私は唸り、共感し、そしてたまらなく嬉しくなりました。 さすが月うさぎさん、深く作品を読み込まれていて、鳥肌が立つ思いで読ませていただきました。 >人は獲得し、そして失う。生きるという事はその繰り返し。 >彼は決して鉄の精神を持った男ではないのです。 ただ自分に対する誇りの為に、外にそれを漏らさない。 自分から逃げない道しか歩めない、そういう性分なのですね。 それでも生きていくという選択をすることのしんどさと当り前さ。 >彼の描くのは、悪と闘う正義の味方ではなく、内的な動機に基づくアイデンティティの獲得、維持の為に闘う男の姿です。 いやあ、このシリーズ中で恐らく、最も愛されているキャラクターであるシッド・ハレーについて、月うさぎさんが語られている事は、まさしく言い得て妙、本当に素晴らしい。 ディック・フランシスの魅力については、これまでにも幾つかの彼の作品のレビュー、あるいはコメントという形で書いてきましたが、とにかく、フランシス・ファンなら誰しも同じ思いを抱く事でしょうが、語っても語ってもフランシスの魅力は尽きないし、何と言っても、読み返すたびに新たな発見があり、刺激を受けるんですね。 そして、何より素晴らしいのは、フランシスが描くヒーローたちの生き様、姿勢なんですね。 彼らはいずれも、禁欲的で、しかも女性には優しく、教養はもちろん、勇気と決断力に優れた男たちだと思います。 だからといって、彼らは決して特別な人間であったためしはないんですね。 いや、ある部分では確かに特別なのですが、それにしても図抜けた知能であるとか、体力、特殊な能力を持ち合わせているという意味ではないんですね。 彼らとて我々と同じように悩みや弱さ、恐怖心、虚栄心などを内面に抱えた、ごくごく普通の我々と等身大の人間なんですね。 人間は誰しも自分の内に、どうしようもなく厄介なものを抱えていて、それを克服しようと努力もする。 その時に、フランシスのヒーローたちは、自ら意識して内なるものを克己し、同時に相手に対しても優しさや強さ、温かさを知らないうちに与えているような気がします。 恐らくは、この部分が特別なのだと思うんですね。 自分が自分でいられる事に自信を持つ人間、あるいは、そうであろうと努力し邁進する人間は、そうでない者にとっては限りない安心感と頼れる気持ち、そしてまた時には強い反発心を与えるものだと思います。 フランシスのヒーローたちは、シッド・ハレーを含めていずれも、自ら内に抱える弱さや恐怖心を乗り越え、自己の復権・再生-----新たなる自己を見つけ、自律する心を持つことを成し遂げようとします。 私がフランシスの小説に魅了されるのは、まさしくこの自己の復権・再生の過程、生き様なんですね。 フランシスが描くヒーローは、こうした人間性への信頼感に満ち溢れた、感動的な男たちだからこそ、永遠に語り継がれるのだと思いますね。

2019/05/16
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利腕
天才的な障害競馬の騎手だったディック・フランシスは、引退後の1962年に「本命」で作家としてデビューしてから、ほぼ年一作のペースでイギリスの競馬界に題材を得た作品を書き続けた作家ですが、彼の作品は、"... by dreamer さん

>運命に弄ばれ事件に巻き込まれ、という典型的なハードボイルド小説ともいえるのですが、それだけでは語りつくせない魅力と深さがこの小説にはあります。 「恐怖」を追求している点もその一つでしょう。 もう、この短いコメントの中に「利腕」という小説の本質を全て言い当てていると思いますね。 そして、以下のコメントに私は唸り、共感し、そしてたまらなく嬉しくなりました。 さすが月うさぎさん、深く作品を読み込まれていて、鳥肌が立つ思いで読ませていただきました。 >人は獲得し、そして失う。生きるという事はその繰り返し。 >彼は決して鉄の精神を持った男ではないのです。 ただ自分に対する誇りの為に、外にそれを漏らさない。 自分から逃げない道しか歩めない、そういう性分なのですね。 それでも生きていくという選択をすることのしんどさと当り前さ。 >彼の描くのは、悪と闘う正義の味方ではなく、内的な動機に基づくアイデンティティの獲得、維持の為に闘う男の姿です。 いやあ、このシリーズ中で恐らく、最も愛されているキャラクターであるシッド・ハレーについて、月うさぎさんが語られている事は、まさしく言い得て妙、本当に素晴らしい。 ディック・フランシスの魅力については、これまでにも幾つかの彼の作品のレビュー、あるいはコメントという形で書いてきましたが、とにかく、フランシス・ファンなら誰しも同じ思いを抱く事でしょうが、語っても語ってもフランシスの魅力は尽きないし、何と言っても、読み返すたびに新たな発見があり、刺激を受けるんですね。 そして、何より素晴らしいのは、フランシスが描くヒーローたちの生き様、姿勢なんですね。 彼らはいずれも、禁欲的で、しかも女性には優しく、教養はもちろん、勇気と決断力に優れた男たちだと思います。 だからといって、彼らは決して特別な人間であったためしはないんですね。 いや、ある部分では確かに特別なのですが、それにしても図抜けた知能であるとか、体力、特殊な能力を持ち合わせているという意味ではないんですね。 彼らとて我々と同じように悩みや弱さ、恐怖心、虚栄心などを内面に抱えた、ごくごく普通の我々と等身大の人間なんですね。 人間は誰しも自分の内に、どうしようもなく厄介なものを抱えていて、それを克服しようと努力もする。 その時に、フランシスのヒーローたちは、自ら意識して内なるものを克己し、同時に相手に対しても優しさや強さ、温かさを知らないうちに与えているような気がします。 恐らくは、この部分が特別なのだと思うんですね。 自分が自分でいられる事に自信を持つ人間、あるいは、そうであろうと努力し邁進する人間は、そうでない者にとっては限りない安心感と頼れる気持ち、そしてまた時には強い反発心を与えるものだと思います。 フランシスのヒーローたちは、シッド・ハレーを含めていずれも、自ら内に抱える弱さや恐怖心を乗り越え、自己の復権・再生-----新たなる自己を見つけ、自律する心を持つことを成し遂げようとします。 私がフランシスの小説に魅了されるのは、まさしくこの自己の復権・再生の過程、生き様なんですね。 フランシスが描くヒーローは、こうした人間性への信頼感に満ち溢れた、感動的な男たちだからこそ、永遠に語り継がれるのだと思いますね。

2019/05/16
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ヨットクラブ (晶文社ミステリ)
デイヴィッド・イーリイのMWA賞最優秀短篇賞受賞作「ヨットクラブ」が、とても面白い。 ミステリ、SF、怪奇、幻想と、多彩にして不思議な読み心地が15篇も楽しめる短篇集だ。 人生に倦んで... by dreamer さん

taiaka45 さん コメントありがとうございます。 短編ものって、確かに作品の出来不出来が激しくて、消化不良のまま読み終えてしまうことも多いですよね。 でも、この短篇集の「ヨットクラブ」は、1篇、1篇が、ミステリあり、SFあり、怪奇ものあり、幻想ものありと、さまざまな趣向が凝らされていて、語り口のうまさに引き込まれ、楽しめるようになっているので、読後感はとても充足した気持ちになれますので、お薦めですよ。

2019/05/11
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あ・うん
恋愛小説にはさまざまなパターンがあるが、男一人に女二人、あるいは女一人に男二人の物語という三角関係はその重要なひとつであると思う。 恋愛が一対一の関係性の成就だとするなら、一対二というのは不... by dreamer さん

コメントありがとうございます。 この向田邦子の「あ・うん」は、NHKでTVドラマ化され、また高倉健、富司純子主演でも映画化されましたが、この映画化作品がとても良かったので、少し述べさせていただきたいと思います。 映画化された「あ・うん」は、しみじみといい気分になれる作品でしたね。 しっとりとした味わいのある家庭的な映画というのは、かつては、小津安二郎監督の映画に代表されるような、日本映画のお家芸だったものだが、ホームドラマはテレビが主流になってから、映画ではその伝統が途絶えたんですね。 そのテレビのホームドラマで最も良い作品を書いた作家のひとりに、倉本聰、山田太一と並んで向田邦子がおり、彼女が小説として書いた「あ・うん」も脚色されてTVドラマが作られ、これを更に映画向きに脚色し直し、ベテランの降旗康男が監督したんですね。 この映画のミソは、かつての任侠映画スターで、その後ももっぱら豪放な男の中の男みたいな役を演じていた高倉健が、この映画では一転して気のいい普通の小市民を演じていることなんですね。 これは健さんがこういう普通の役をやりたいと希望したところから題材を探して出てきたものだと言われているんですね。 おまけに相手役が、かつて東映の任侠映画全盛時代に「緋牡丹博徒」シリーズで艶やかな大立ち回りで映画ファンを唸らせた富司純子(旧・藤純子)なんですね。 この任侠映画の名コンビをホームドラマで復活させようというわけで、一見したところ、途方もない試みのようですが、もともと彼らの任侠映画は、暴力だけでなく、歌舞伎的に様式化された情緒てんめんたる味わいも重要な要素だったもので、しかもその情緒性は、ヤクザの抗争劇の副次的なテーマとしての、禁じられた恋のプラトニック・ラブの切なさ、美しさから発する場合が多かったと思うんですね。 この「あ・うん」は、家族ぐるみで親戚以上の密接な交際を続けている二つの家族の物語ですが、穏やかなノスタルジックな物語だったTVドラマから、禁じられたプラトニックな恋という"原作の隠されたテーマ"を摑み出し、それをくっきりと浮き彫りにしてみせることによって、高倉健と富司純子にふさわしい強いドラマ性を含んだ映画に仕立て直されていたと思います。 主な登場人物は、水田夫婦(板東英二と富司純子)と門倉夫婦(高倉健と宮本信子)、それに水田の娘(富田靖子)とその恋人の学生(真木蔵人)。 水田と門倉の夫同士が軍隊時代の戦友で、以後、兄弟以上の親密さで家族ぐるみのつきあいが続いているが、水田は普通のサラリーマン、門倉はちょっとした会社の経営者で、おりから日中戦争初期の軍需景気で羽ぶりがいい。 両家の生活水準には相当な差があり、水田が部下の使い込みで困っていると、門倉がその穴埋めをしてやるなど、門倉のほうが何かと水田を助けてやっているという関係にあるんですね。 それでも門倉のほうは、妻と二人の家庭生活より水田家に立ち寄っている時のほうがリラックスして楽しいと言い、賢い妻もそのことを認め、両家は全く対等の友人関係で和気あいあいとしたつきあいを続けている。 TVドラマでは確かに、両家は稀に見る親しい友人関係でした。 映画はそこに、実は門倉は水田の妻に惚れているという、"原作の隠されたテーマ"に当たる劇的な強調点を加えていたと思います。 惚れているから何かと理由を見つけて、門倉は水田の家を訪ねるし世話を焼く。 しかし門倉は、親友の妻に邪しまな態度をとってはならないとわきまえている良識人でもあるから、その気持ちはあくまで秘めたまま、親友らしく会えば陽気につきあう。 ある日、水田の娘は、母と門倉がしんみり話しあっている姿を見て、二人の間に秘めた愛があることを直感する。 しかし、実はそのことは、水田夫婦も門倉夫婦も知っていることなんですね。 知っていながら、友情の純粋さを傷つけたくないために、みんな知らん顔をしている。 彼らのつきあいの端々に、その秘めたる真実がチラチラと出て、まことに趣きの濃い人情劇となっている。 そして、門倉は自分の思いがついに危険な情念にまで達したと自覚した時、真実を明かさずに友情関係を打ち切るつもりで、敢えて水田に致命的な悪口雑言を浴びせるんですね。 これは、歌舞伎の世話物の作劇術の、"愛想づかし"と言われるもので、それで仲が崩れると思いきや、日中戦争の深まっていく不安な世相の中で、肩を寄せ合うようにして、彼らはやっぱり惹きつけ合うんですね。 TVドラマは、友情はリアルに表現できていても、二人の間の秘めたるプラトニックな愛のロマンスの香りが匂いませんでしたが、この映画での高倉健と富司純子のように、かつて大きく咲いたことのあるスターたちだと、作り話めいてきて、現実味は薄れても、ロマンスの華がふくいくと匂ってくるんですね。 観ていて、やっぱり観る者に夢を与えるスターっていいものだなと思いましたし、二人につきあう板東英二と宮本信子も良かったし、日中戦争初期の世相風俗をノスタルジックに見せた美術やカメラも実に凝っていて、素晴らしかったと思います。

2019/05/11
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大穴
満身創痍というのはまさに彼のことでしょう。 冒頭から腹を拳銃で撃ち抜かれ、意識不明の状況から目覚めるシーンで始まるのですから。 ということは、これから彼にもっともっと困難な事件が降りかかることを読... by 月うさぎ さん

>運命の困難は自分ではどうしようもない事です。 しかし、どん底に落ち、それでも生き続けるには勇気が必要で、それは自分でなんとかするべきものなんです。 >未練、プライド、自己憐憫、羨望、そして恐怖。 それらを自ら認め直視するのはなんと辛く厳しいことでしょう。 でもシッドがそれを私達の代わりにやってくれる。 我らがシッド・ハレーに幸いあれ! 月うさぎさんが、このレビューで書かれている、これらのコメントは「大穴」というよりも、ディック・フランシスのこのシリーズの魅力の本質を言い当てておられ、私と同じ思いでフランシスの作品を読まれている方が、この世におられるというだけで、最上の喜びを感じてしまいます。 月うさぎさんの熱きフランシス愛に満ち溢れたレビューに触発されて、私も少しだけフランシス愛について述べさせていただきたいと思います。 私がフランシスの作品の数々を最高に好きなのは、読む私の心をいつもゾクゾクさせてくれるからなんですね。 フランシスの作品は、ゾクゾクの上に更にゾクゾクゾクとさせてくれるのだから、本当に凄いんですよね。 私はフランシスの作品を読む時は、彼が描く世界の中に入り込んで、主人公の心を自分の心だと思って読んでいます。 またこの読み方が一番小説を愉しめる方法だと信じています。 とにかく、フランシスの小説は、たまらなく愉しい。 まず何と言っても作品にリアリティーがある。 嘘ではゾクゾクこないんですね。そして、主人公の人物がいい。(今、私は大好きな主人公達のうち、シッド・ハレーを念頭に置いて書いています) ごく当たり前の普通の人間だが、一旦、事が起こると、驚異的な自制心と"不撓不屈の精神力"を発揮して、粘り強く闘うんですね。 読み手である私に、強烈な憧れを抱かせる魅力ある男なんですね。 男ならこうありたいと痛烈に願う内面、精神力を持っている。 読んでいて、本当に惚れ惚れとしてしまいます。 そして、この「大穴」についてですが、金力、暴力、その上に、競馬場内部の協力者をも使って調査を妨害する敵に、シッドの闘志は更にかき立てられるんですね。 銃弾、爆弾、そして死よりも辛い屈辱がシッドを襲う。 シッドは果たして競馬場を悪の魔の手から守りきれるのか? また事故によって失った自己を回復する事が出来るのか?-------。 いやあ、凄い、凄い、凄いとしか言いようがありません。 この"男の誇りを賭けた闘い"を描き続けるフランシスの、この「大穴」は、シッド・ハレーの初登場作でもある記念すべき傑作だと断言できますね。 そして、この「大穴」は、本筋のプロットだけが良いのではなく、脇の話も凄いんですね。 共演者達も実に素晴らしいと思っています。 シッドを支える仲間達。警官採用試験が受けられなかった小柄な体格ながら、習い覚えた柔道の技で大男も投げ飛ばすシッドの強い味方、チコ・バーンズ。 別居中の妻ジェニィの父親という義理の関係でありながら、シッドと実の親子以上の強い絆で結ばれたチャールズ・ロランドの労りと深い愛情。 そして、同じ体と心に傷を持つものとしてシッドと束の間の交流を持つザナ・マーティン。 この女性がとても素晴らしくて、愛しいんですね。 「私の気持ちを傷つけるのを恐れて言えなかったんだわ。もうすっきりしたわ」「あなたは気持ちの大きい人だ」「現実的なのよ、多少手遅れだけど」-------。 切なくて、泣かせるんですね。少女の頃、ロケット花火で顔を火傷し、笑みにならない哀しい表情を浮かべる中年女性ザナの孤独な生活には胸が痛みます。 そして、シッドと共に心の傷を克服しようとする勇気に、胸を打たれます。 思えば、この「大穴」こそ、フランシスが全ての傷心者達に贈る応援歌なのかも知れません。

2019/04/24
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度胸 (ハヤカワ・ミステリ文庫 フ 1-5 競馬シリーズ)
「馬に乗っていると、自分のすべてをそこに感じる。自分が大きくなったような気がする。新たに一組の手足と脳を得る。スピード、力、勇気が倍増する……勇気……それに神経の反射が敏感になる」 ディック・フ... by 月うさぎ さん

待ちに待った月うさぎさんのディック・フランシスへの限りなき愛に満ちた作品レビュー。やはり、予想した通り「度胸」でしたね。 一読して、唸り、共感を覚え、そして的確な分析と、さすが月うさぎさんのレビューは読み応えがありますね。 私もつい最近、フランシスの作品を全作読み終えて、何気なく彼の作品歴を時系列に見ていると、晩年は別にして、1962年にシリーズ1作目の「本命」を発表してから、1965年の同年に3作目の「興奮」と4作目の「大穴」が2冊出版された以外は、ほぼ毎年一冊ずつ、きちんと出版されているんですね。 だが、1作目の「本命」と2作目の「度胸」の間だけ、1年の空白の期間があるんですね。 この空白には、いったいどんな意味があるのだろうかと考えてみると、おそらくデビュー作の「本命」で作家としてやっていけるという手応えのようなものを感じたフランシスは、2作目の「度胸」にかなり慎重に時間をかけたのではないかと思うんですね。 文壇にデビューした新人作家にとって、2作目というのは世の東西を問わず、まさに作家としての真価と力量を問われる大事な作品になる訳ですから、構想を練りに練ってプロットを構築し、文章も推敲に推敲を重ねて、プロの小説家として俺はやっていくぞという、強い決意と意志を込めて、新たなスタートとして書き上げたのが、この「度胸」だと思うんですね。 つまり、仕切り直しの時間が、この1年間の空白の期間だったのだと思います。 そして、事実そう思って改めて読み直してみると、作品全体の印象として、確かにきちんと丁寧に話がまとまっていて、フランシスという作家の真剣さ、気合の入れようまでが、行間の隅々から立ち昇ってくるようで、ピリッと引き締まった作品になっていると思うんですね。 この「度胸」の主人公の駆け出しの障害競馬騎手のロバート・フィンが、自分に襲いかかってくる見えない魔手に、敢然として立ち向かうというフランシス小説の得意の構図も、その敵はまさしく正体不明、どの人間社会にもつきものの噂話、風聞という実体のない化け物で、そういう悪意に満ちた影の存在に迫っていくという話は、一歩間違えると、理屈っぽく回りくどいだけの話になりがちですが、この一番難しいテーマをまったく破綻なく、簡潔でスッキリした文章でまとめ上げ、見事な作品に仕立てているのは、さすがにフランシス、うまいし、読ませますよね。 こういうものが書ければ、もうあとは大丈夫といったお手本のような作品で、フランシス小説の精髄がこの「度胸」にはギュッと凝縮されて詰まっていると思いますね。 とにかく、この「度胸」は、読み返せば読み返すほど、輝きが増してくるフランシス小説の原点、プロとしてのスタートを飾る、まさに記念碑的な作品だと思いますね。

2019/04/16
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三月は深き紅の淵を
恩田陸の小説を読んでいて、最後のページを閉じた時にいつも心に浮かぶのは、「ああ、いい旅をしたな」という感慨です。 考えてみれば、読書というのはすべからく日常から別世界への旅とも言えると思うの... by dreamer さん

コメントありがとうございます。 恩田陸さんは、数多くの、とても素敵な小説を書かれていますが、中でも恩田陸さん自身が愛着を込めて"高校三部作"と命名されている「六番目の小夜子」「球形の季節」「夜のピクニック」が特にお薦めですね。 その中でも、高校生活最後のイベント「歩行祭」で、夜を徹して80キロを歩き通す生徒たちを描いた青春小説「夜のピクニック」は、一夜の出来事に的を絞り、学校の名物行事である徹夜歩行を通じて、少年少女の多感な葛藤を静かに描ききった作品です。 遠い過去への憧憬を、懐古趣味に陥ることなく、香り高きノスタルジィに昇華してみせるところに、恩田陸さんの素晴らしさがあると思っています。

2019/04/10
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