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110件 (全36件)
リンドバーグの世紀の犯罪
リンドバーグと言えばアメリカ合衆国の生んだ国民的な英雄の一人だと思う。ビリー・ワイルダー監督の名作「翼よ! あれがパリの灯だ」でのジェームズ・スチュアートの印象が強く残っている。 1927年... by dreamer さん

坂本龍馬というのは、やはり司馬遼太郎の「竜馬がゆく」でその大半の人物像のイメージが作られたのではないかと思っています。司馬さんがこの小説を書くまでは、それほど脚光を浴びていませんでしたからね。 私がコメントで書きました、歴史上の黒幕説ですが、ある人物を暗殺するという政治的なテロは、その人物を暗殺することによって誰が一番得をするのかという視点から考えると、そこにヒントが隠されているような気がします。 例えば、織田信長で言えば、彼は天皇家にとって非常に危険な人物でしたので、そこに危機感を抱いた当時の京都の公家の連中が、明智光秀をそそのかして本能寺の変を行なわせたと思っています。 坂本龍馬で言えば、倒幕のために彼の大政奉還論が邪魔な人物、つまり西郷隆盛か、あるいは、彼の存在がやはり邪魔で船中八策を自分の論であるかのように山内容堂に進言した土佐の後藤象二郎。幕府見廻り組や新選組とかの説は違うと思っています。 源頼朝で言えば、源氏を傀儡政権にして、実権を握ろうとした北条一族の北条時政か北条義時で間違いないでしょう。 足利義満は、自分が天皇になろうという野望を抱いたため、それを恐れた公家を中心とする勢力が中心となって行ったのではないかと思っています。 孝明天皇で言えば、彼が唱える過激な攘夷論が邪魔で、若い後の明治天皇を擁立することで、その実権を握ろうとした岩倉具視だろうと思います。 歴史の探索って、限りない夢とロマンがあっていいものですね。

2018/02/07
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リンドバーグの世紀の犯罪
リンドバーグと言えばアメリカ合衆国の生んだ国民的な英雄の一人だと思う。ビリー・ワイルダー監督の名作「翼よ! あれがパリの灯だ」でのジェームズ・スチュアートの印象が強く残っている。 1927年... by dreamer さん

こういう歴史上の定説というか、謎になっている事柄を実証的に論理的に切り崩して、解き明かしていくというのは、ミステリを読むのと同じくらい、知的好奇心を刺激されて興奮しますね。 それから、歴史上の謎というものがいくつもあります。例えば、坂本龍馬を殺害した黒幕は誰なのか? 本能寺の変の黒幕は誰なのか? 源頼朝、足利義満、孝明天皇の変死の黒幕は誰なのか?------など、数え上げたらきりがないほどあります。 これらの謎にアプローチした作品(歴史小説・歴史評論)も、最近はかなり出版されているようなので、時間を作って読み進めたいと思っています。

2018/02/06
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八つ墓村 (角川文庫―金田一耕助ファイル)
この横溝正史の「八つ墓村」は、野村芳太郎監督や市川崑監督が映画化しているように、彼の多くの長篇小説の中でも、ズバ抜けて人気の高い作品だと言えると思います。 戦国時代の不気味な八つ墓伝説、昭和... by dreamer さん

〉横溝さんの小説の場合は、怪奇で情念どろどろな異世界にどっぷりすることに専念いたしましょう。 確かに横溝さんの探偵小説の魅力は、怪奇で情念どろどろな異世界にどっぷりと浸り、その良さを味わうことですからね。 とにかく、論理の構築の見事さ、そして土俗的なオドロオドロしさが、横溝さんの探偵小説の一番のツボですからね。

2018/02/06
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遠い夜明け
ジョン・ブライリーの「遠い夜明け」は、差別と弾圧に屈せず闘う若き黒人指導者ビコと、6代にわたるイギリス系移民の末裔だが、反アパルトヘイトの立場に立つジャーナリスト、ドナルド・ウッズの友情と闘いの叙... by dreamer さん

私は映画の方を先に観たのですが、そのあまりの素晴らしさに衝撃を受け、本の方も読みたくなり読んでみました。 リチャード・アッテンボロー監督の映画は、とても力強いメッセージを持った作品でした。南アフリカ共和国を舞台に、人種隔離のアパルトヘイト政策の渦中で自由を叫ぶ黒人たち。 映画は前半、アパルトヘイト政策と勇敢に闘う若き黒人指導者スティーヴ・ビコ(デンゼル・ワシントン)にじっくりと目を据え、彼の生きざまを追いかけていきます。しなやかに、したたかに、ひたすら許されない自由を求めて、命を懸けた運動が続きます。 黒人たちからは、神と慕われたビコ。最初は、彼の生き方に疑問を持ちながらも、彼に接することによって、真実やその信念に共感していくジャーナリストのドナルド・ウッズ(ケヴィン・クライン)。 やがて、拷問を受けて死を遂げたビコの姿とアパルトヘイトの非人間性を全世界に訴えようと、ウッズは原稿を持って南アフリカを脱出しようとします。 このように映画は、前半はビコを中心とした一大スペクタクル、後半は脱出のサスペンスと実にうまい構成になっていたと思います。 前半だけですと、ドラマより論理が先行してしまいますが、後半、ウッズと彼の家族が別々に脱出するスリルが加わることによって、より鮮明にリチャード・アッテンボロー監督の意識が観ている私の心に沁みてくるんですね。アパルトヘイトへの怒りが、胸の奥底から湧き上がってくるんですね。 ウッズが、次第にビコの心を理解していくように、映画を観ている私も無から一つの真実を学んだように思います。 とにかく凄い映画で、ki-w40さんも書かれているように、こういうシリアスな作品は本でも映画でも、ずっと残り続けてほしいものですね。

2018/02/04
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グレイがまってるから
本棚の片隅にあった伊勢英子の「グレイがまってるから」を、何気なく取り出しページをめくっていると、たちまちこの本の世界に引き込まれてしまいました。 グレイという名のシベリアンハスキーとの日々を、巧... by dreamer さん

chaoさん 素敵なコメント、ありがとうございます。 忙しい日々の中で、ふと立ち止まり、自分の心と向き合い、いろいろなことを心静かに考える事って、とても大事なことだと思います。 高田宏の刺激的な論考「子供誌」の中に、子猫が雪の庭に飛び出して、駆け回るエピソードが繰り返し出てきます。 その中に「なぜだか分からないが、動物も人間も、子供は遊ぶ。遊びに熱中して、ほかのことは忘れてしまう。動物(その一種が人間)は食べなければ生きてゆけないけれども、食べるために生まれてきたのではなく、遊ぶために生まれてきたのかもしれない」と書かれています。 私たちが子猫や子犬、そういう小動物の動作を見て心を和ませるのも、体の奥深くに眠っている記憶が呼び覚まされ、揺さぶられるのかも知れません。

2018/01/24
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燃えよ剣
時は幕末間近------武州多摩の田舎道を、骨折や打ち身に効く家伝の妙薬「石田散薬」の行商をしながら歩く男があった。喧嘩早いことから、「石田村のバラガキ」と呼ばれたこの男こそ、後の新選組副長・土方歳三... by dreamer さん

あすか様 いつも素敵なコメントをありがとうございます。 初めての司馬さんとの出会いが「燃えよ剣」で、その晩のニュースで訃報を聞かれたなんて、本当に運命的なものを感じさせますね。 歴史学的に言えば、新選組は幕末という時代に存在した、ただの"テロリスト集団"にすぎないという解釈も出来ます。 だが、司馬さんはその副長である土方歳三に、組織のオルガナイザーの役割を与え、武士道の美意識という衣を着せることで、本物の"男の生き様"を描いたのだと思います。 私は初めてこの「燃えよ剣」を読んだ時、武州の在の泥臭い若者が、洗練されたオルガナイザーに変身していく過程を描いたものだと思っていましたが、再読、三読するうちに、司馬さんの描いた土方歳三は、そんなヤワな人間ではなく、これは土方歳三という男の35年の生涯の軌跡を、司馬さん流に再現した作品なのだと思うようになりました。 土方という人間は変わらない。ひたすら己の仕事のために明け暮れる人間なのだと。そして、土方には、イデオロギーも不要だった。司馬さんは、尊王攘夷はもとより、佐幕にもそれほどの関心を示さなかった土方という男を描くことで、最も近代的な"テクノクラート"を創造したのではないかと思っています。 レビューにも少し書きましたが、それまでの新選組と言えば、局長の近藤勇だけが目立ち、土方は単なる冷酷無比な非情な軍師の役でしかなかったものを、司馬さんのこの作品によって、土方の評価が一変し、新選組と言えば土方歳三となり、与えられた運命の中で、打算的な利害や損得を超越し、人はどう生きれば美しいか、それのみを求めた"漢たちの集団"に変貌させたのだと思います。 それゆえに、土方は田舎剣客から身を起こした、にわか武士でありながら、いや、にわか武士であったればこそ、新選組の旗頭に武士道の神髄である「誠」の印を掲げ、本物の武士以上に、武士道の"美意識"に殉じたサムライとして描かれているのだと思います。 そして、司馬さんの筆は、この土方歳三という男を最後の最後まで、己の描いた美学の中で死を賭けて戦い、それを貫いた男として描いているのだと思います。 土方は近藤と別れた後、会津若松で戦い、仙台で幕府の艦隊を率いる榎本武揚らと合流し、戊辰の役の最後の戦いとなった函館五稜郭の場面へと移ります。この最後の函館五稜郭の場面は、この作品の白眉とも言える名場面で、土方は死の間際まで、己の筋を通して、新選組副長として死んでいくのです------。 「名は何と申される」長州部隊の士官は、あるいは薩摩の新任将校でもあるのかと思ったのである。 「名か」歳三はちょっと考えた。しかし、函館政府の陸軍奉行、とはどういうわけか名乗りたくはなかった。 「新選組副長土方歳三」といったとき、官軍は白昼に竜が蛇行するのを見たほどに仰天した。 武士に憧れ、事実、ある意味、日本最後の武士として、武士らしくその生涯を全うした土方歳三に、司馬さんは惜しみない哀悼の意を込めて、「新選組副長土方歳三」と名乗らせたのだと思います。

2017/09/06
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漱石と倫敦ミイラ殺人事件
「占星術殺人事件」「異邦の騎士」「切り裂きジャック・百年の孤独」などの御手洗潔シリーズで、現代の本格探偵小説の旗手である島田荘司の小説を久し振りに読んでみたくなり、今回「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」を読... by dreamer さん

iceさん 現代の本格探偵小説の旗手、島田荘司の作品には「占星術殺人事件」や「暗闇坂の人喰いの木」などの御手洗潔シリーズの他、「北の夕鶴2/3の殺人」や「奇想、天を動かす」などの吉識竹史刑事シリーズがありますが、御手洗潔を動とすれば、吉識竹史は静ではないかと思っています。 天才肌の御手洗は、かなりエキセントリックな性格の持ち主で、吉識はハードボイルドなヒーローといったように、それぞれのキャラクターを私はこよなく愛しています。 特に、私が最も好きな御手洗潔シリーズは、初期の「占星術殺人事件」のように、一つの大きなトリックを作品の中心に置いたものから、その後、1990年代に入ると、数多くの"不可解な事件"や、"幻想的なエピソード"を組み合わせて、壮大なバロック絵画のような世界を展開する作風へと変化してきたと思っています。 御手洗によって、個々の事件は合理的に解き明かされますが、謎が解けた事によって、かえって尋常ならざる"奇想に溢れる光景"が、我々読者の前に浮かび上がってくる-----というのが、島田ミステリーの最大の特色で、この"島田ワールド"の世界に浸りたくて、彼の小説を読み続けてきたように思います。 島田荘司は、彼の著書「本格ミステリー宣言」の中で、「要するに『絵』ですね。考えてみれば、文章で考えるものではないんですね、トリックというものは。文章が二次元世界なら、絵は三次元の発想というところがある。読者の発想を超えるには、次元がひとつ上にいかなくてはいけないんでしょう。----もしかするとトリックというものは、絵心がある人ほど得意な分野かもしれないな」と書いていますが、島田荘司という作家はこれからも、ますます目が離せない存在になっていきそうです。

2017/06/05
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スキャンダル
第三の新人、キリスト教文学などと位置付けられる遠藤周作は、純文学、中間小説、時代小説、ユーモア・エッセイなど幅広い分野で数多くの作品を書いた作家ですが、推理小説の分野でも病院を舞台にした「真昼の悪... by dreamer さん

あすか様 この遠藤周作という作家にしては、比較的軽いミステリーである「スキャンダル」を執筆したのは、「沈黙」「死海のほとり」「侍」と彼の代表作とも言うべき純文学の長編小説を書いた後であり、その頃から彼は、エッセイの中でしばしば人間の心の奥底にある無意識の領域について触れるようになります。 この「スキャンダル」という小説は、ミステリーという形を借りて、人格分裂の危機感というものをテーマとして、自己の内面を厳しく掘り下げようと試み、人間の不可思議な衝動、無意識の闇について書いた作品ではないかと思っていますが、とにかくミステリーなので全編サスペンス・タッチで物語が展開していきます。 もちろん、遠藤周作がこの小説を書くにあたっては、周到に用意された思想的背景があり、そういう背景を露骨に感じさせることなく、あくまでさりげなくプロットが進められていると思います。 そして、この小説のラストの場面。いつ終わることもない電話のベルが鳴り続けるところで作品は結末を迎えますが、自己の有罪性を印象づける意味を持つ、象徴的な場面で幕を閉じるのです。

2017/05/09
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雪国
私が川端康成の小説に対して抱く印象は、美しい文章や清冽なタッチの文体も、もちろんですが、何かこう、ある種の感覚の鋭さというものです。そして、死の匂いを感じるのです。 美の世界の描写ではなく、何か... by dreamer さん

月うさぎさん 素敵なコメント、ありがとうございます。 私が川端康成の小説を読んでいつも感じる"死の匂い"というのは、彼の生い立ちと深い関係があるのではないかという気がするのです。 彼は明治32年に生まれていますが、2歳の時に父親が亡くなり、3歳の時に母親が亡くなっています。それで彼は祖父母に育てられたのですが、しかし、祖母も彼が7歳の時に亡くなり、10歳の時には、たった一人の姉が死に、15歳の時には祖父が亡くなっています。 というわけで、川端康成は15歳の時に喪主をやっているのです。このようにして、彼は天涯孤独になってしまうわけなんです。ですから、川端康成という人は、生まれた時から常に"死"と向き合って生きているんですね。 この彼の想像を絶する、"無限地獄的な孤独感"というものが、"美を探求する作家"であるとは言いながらも、彼の作品の底から濃厚に漂ってくる"死の匂い"を感じさせるのかも知れません。 ですから、彼の「千羽鶴」を読んでも、一見きらびやかな世界を描いているのですが、しかし、その背後に濃厚な"死の匂い"というものを感じてしまうのです。

2016/12/17
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炎環
小説のジャンルで歴史小説と時代小説というものがありますが、歴史小説が歴史上の事件や人物を史実に沿って描くものであるのに対して、時代小説や伝奇ものは、時代の衣裳を借りて、作者の夢を自由奔放に展開したもの... by dreamer さん

月うさぎさん コメント、ありがとうございます。 私たちが学校で習った歴史というものは、常に勝者の側から見た歴史であって、"勝てば官軍"に象徴されているように、勝者の論理での歴史観なのだと思います。 歴史というものは、特に政治史の流れで見てみると、常に権力闘争の歴史であり、勝者と敗者が生まれてくるわけです。 鎌倉幕府の正史と言われている「吾妻鏡」は、もともと、執権の北条氏が編纂させた歴史書ですので、源氏の将軍家を操り、他の三浦家や和田家などの有力な御家人たちを滅ぼし、実質的に鎌倉幕府を支配した北条一族にとって、自分たちに都合の悪い事を記録するはずがありません。常に自己を正当化しようとするんですね。ここに、歴史学で重要だと言われている、"史料第一主義"の弊害があるんですね。 徳川家康と豊臣家の関係でも、勝者の徳川家の論理で言えば、徳川家康に、関ケ原の戦いで敵対した石田三成は逆賊であるわけですから、歴史上から石田三成に関する記録が完全に抹消されていて、石田三成は大悪人となっているんですね。 私たちが教えられてきた戦国末期から江戸時代初期の歴史というのは、戦国時代の最終的な勝者である徳川家によって、徳川家に都合のいいように記録された正史に基づいているのだと思います。 また、江戸幕末期の明治維新を考えてみても、薩長土肥対徳川幕府との権力闘争の中で、徳川方に付いて最後まで抵抗した會津藩は歴史の流れに逆行する守旧派として、勝者の薩長土肥による明治新政府側からは貶められていますが、敗者の會津藩の立場に立てば、薩長土肥こそ江戸幕府に敵対する逆賊であったわけです。 この敗者である會津藩の立場からこの幕末から明治にかけての歴史を描いた歴史小説として、早乙女貢の「會津士魂」がありますよね。 このように、歴史というものは、月うさぎさんも言われているように、"立ち位置"でこんなに違ってくるんですよね。そこが歴史の面白さであり、奥深いところだと思いますので、私たちが歴史というものを見る視点は、常に複眼的に見る必要があるのだと思います。

2016/12/06
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